エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第87話)

第87話:どちらが大統領になっても高まる地政学的リスク

 対日政策についても、トランプが大統領になった場合には、安保ただ乗り論を主張して、日本へさらに支出を強いる可能性が大いにある。日本はただでさえ社会保障費を中心に財政が拡大している。今後、財政負担が避けられない中で、ここで軍事費的な部分が拡大すると非常に厳しい状況となる。従って、トランプ政権の場合には、米国が内向き化することからアジアが不安定化し、地政学的リスクが高まることになる。一方、クリントン政権になった場合には、日米安保重視になると思われる。ただし、クリントンはどちらかというと強硬派でもあるため、中国や北朝鮮に対し今より強い立場で臨む可能性もあり、日本に対し更なる防衛設備の購入等を要求してくる可能性もある。従って、両候補のどちらが大統領になっても、日本をめぐる地政学的リスクは高まると思われる。

 また、米国の対中国政策については、中国からすると色々な意味でトランプの方が御しやすいと考えるかもしれない。だがトランプが大統領になって内向き政策になると、国際政治・経済の中で、中国が動きやすい環境になってくる。そうなると、日本の対中政策という意味では日本にとってはやりにくくなる。クリントンのように対中強硬姿勢の方が日本にとっては都合がいいだろう。トランプ大統領になれば、来年以降は中国のプレゼンスがさらに高まる可能性がある。またクリントン政権の場合でも、TPPのスタートが遅れて交渉が長引いたりした場合には、AIIBを中心に中国が動きやすくなる側面がある。

 従って、これまで以上に国際政治経済の枠組み変化を冷静に見つめなければいけなくなるだろう。日本企業が国際展開を考えた場合、アメリカ大統領選挙以降の米国の動きのほかに、イギリスによるEU離脱の後の対ヨーロッパ戦略も考えていかなければならないため、欧州の動きもじっくり見きわめる必要があろう

 こうした中、最近の日本の中小企業で、為替の影響があまりなく成功している事例をみると、性能以上にその製品のデザイン性やブランドイメージがより重要になってきている。ヨーロッパの産業は、そういうブランドイメージを強めることによって、新興国の追随を振り払ってきたところがある。実際に日本の中小企業で成功しているところでは、デザイナーとコラボして新しい製品を投入し、それをグローバル展開し成長できるようになった事例が相次いでいる。

 来年は経済的な環境変化の大きな年になるだろう。これまでは日本だけの失われた20年という環境だったが、これからは世界経済全体が失われた長期停滞の時代に突入している可能性があるため、世界経済から見ると当然厳しい状況になるかもしれない。しかし強いて言えば、そういう苦しみを早くから日本は経験しており、日本は世界経済のトップランナーという側面がある。このため、それに伴う色々なビジネスのヒントも出てくる可能性がある。長期停滞の中で培ってきた過去の経験を踏まえた、他社が持っていないような付加価値を生かしていくことが大事であり、そういう潜在能力を日本企業は持っていると思われるため、それをいかにビジネスに結びつけていくかが極めて重要になるだろう。(第88話に続きます。)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第86話)

第86話:TPP批准と米国の貿易政策はどう変わる

 TPP絶対反対のトランプ政権になれば、米国の批准はかなり厳しいと考えられる。一方、クリントン政権になった場合には、TPPの枠組みについてさらに修正を加え、新しい条件を出してくる可能性が高く、TPPの署名と発効は長引くことが予想される。

 TPP加盟国の中で米国経済が占めるGDP比率は65%とかなり大きい。一般的なTPPは、太平洋の経済連携を含む貿易とか通商政策的な位置付けで捉えられている。ただし、もうすこし大きな枠組みとしては、中国の暴走を抑止する位置付けが重要だと考えられる。

 このため、米国がTPPから抜けた場合には、ASEANは中国に取り込まれていく可能性がある。一方でASEANは中国に対して、南沙諸島の問題等を抱えている状況を考えると、一方的に中国になびいてしまうということも考えにくい。

 一方、中国には、AIIBの枠組みがあり、ASEAN地域の開発援助でも AIIBが大きなプレゼンスを示していく傾向は高まると考えられる。世界的に長期停滞論のような状況になっている中で、数少ない成長期待ができる市場として、新興国のインフラ整備というテーマがあるためである。

 当然日本もアジアの成長は取り込みたいと考えている。ただし、TPPが機能しなくなれば、中国側に相当部分を持って行かれてしまう可能性がある。そうなれば、インフラ関係では安全性や環境面での問題が危惧される。環境面での配慮も日本に比べると少ない可能性があり、それは世界にとって不幸なことだと感がられる。

 他方、米国貿易政策については、トランプが主張する高い関税や自国産業を保護することは一見良さそうな政策に見える。しかし国際経済論的に考えれば、こうした政策を進めることは結果としてマイナスの効果を生み出す。得意な自国の産業を伸ばし、そうでないものは海外から輸入をするという自由化政策を推し進めた方が、グローバル経済の拡大という意味ではプラスとなるためである。

 逆に最大の経済大国である米国が保護貿易に走ってしまえば、世界経済の停滞を通じて自国経済にネガティブな影響が出ることになり、由々しき状況になると考えられる。

 このため、トランプが国内産業を保護する政策を推し進めた場合、輸出で稼いできた日本の産業界への影響は大きい。日本では、TPP締結で一番恩恵を受ける産業が自動車産業であるため、自動車産業には一転して逆風が吹く。自動車産業は日本経済の屋台骨を支えていることからすれば、日本経済全体としても相当厳しい状況が考えられる。

 一方のクリントンは、アメリカ国内の雇用問題にネガティブな影響が出ない範囲において雇用を重視する考えである。米国経済全体で考えると、自動車産業は全体のシェアからするとその比率は下がってきている。ただし、今後も雇用問題への影響は出かねず、そうした産業界や労働団体からの圧力もある。従って、クリントンが大統領になっても、今のTPPの枠組みよりもさらに有利な条件での貿易政策になるとは考えにくいと思われる。(第87話に続きます)

永濱 利廣 氏

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第72話)

第72話:参院選の争点

 7月10日投開票の参院選が公示され、与野党の公約が出そろった。民進党の公約ではアベノミクスを「富とチャンスが偏り、人々の能力の発揮や個人消費が阻まれている」とし、教育や職業訓練など人への投資による長期的な成長を重視するとしている。一方、自民党は脱デフレ実現に向けてアベノミクスの加速を掲げているが、成長と分配の好循環も強調している。このため、保育士の待遇改善や教育費の軽減、最低賃金引き上げや格差是正等に関しては与野党で同種の公約が出ており、社会保障政策は参院選の争点になりにくいだろう。ただ、いずれの公約も日本経済の構造改革で最も進捗が遅れているとされる労働市場改革に踏み込めていないのは残念だ。秋の臨時国会で、長年の課題である解雇規制緩和や外国人労働者活用促進の議論が加速することが期待される。

 こうした中、経済政策で注目されるのがマイナス金利に対する与野党のスタンスの違いである。自民党はリニア中央新幹線の大阪開業前倒し等の分野でマイナス金利を活用した超低金利活用型財政投融資を早急に具体化し、今後5年間で官民合わせて30兆円をめどに事業規模を確保するとしている。一方の民進党は、これまで日銀の独立性を強調してきたことからすれば違和感があるが、マイナス金利の撤回を掲げている。マイナス金利に対する反発は、現在のところ金融市場が中心となっているが、参院選を機にその反発が国民にまで波及するかどうかが注目される。

 またTPPに関しても、与党は農林漁業者の不安を払しょくして経営発展を後押しする一方、民進党は重要5品目の聖域が確保されていないこと等を理由に、今回の合意には反対している。TPP関連法案については9月後半に開催が予想される臨時国会にて審議が進むものと予想されるが、参院選におけるTPPの議論次第では、参院選後に編成予定の第二次補正予算で含まれることが想定されるTPP対策のメニューに影響を及ぼす可能性があろう。

 他方、憲法改正については、自民党が衆参の憲法審議会の議論を進めることで国民の合意形成に努めて改憲を目指す一方、民進党は新しい人権など未来志向の憲法を国民と構想するとして9条改正に反対している。ただ、こちらの議論が盛り上がれば、経済政策に関する議論が置き去りになる懸念があることは注意が必要だろう。そもそも、安倍首相が掲げたアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。しかし、仮に参院選で大勝して憲法改正を優先的に取り組むとなってしまうと、経済政策が後手に回り、株価も下落という、あってはならないシナリオの懸念が高まることも想定しておく必要があるだろう。(第73話に続きます)

永濱 利廣 氏

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第57話)

第57話:中小企業のTPP活用策

 TPPを契機として中小企業が海外展開の拡大を検討する動きや、TPPを契機とした輸出・販路拡大への期待を寄せる事例が主に3つの方向で顕在化している。

 一つ目は、自社製品の輸出を拡大する期待である。経産省の調べによれば、長野県諏訪市に拠点を置く精密金属加工の専門メーカーでは、独自の金属接合技術を生かして自動車部品を製造しており、TPPを契機に日本から北米への自動車部品の輸出拡大を計画とのことである。また、愛知県一宮市の毛織物製造業では、TPPを見据えてベトナム繊維の国有企業と業務提携をした。TPPにより米国の繊維関税撤廃を見込み、日本でデサインや商品企画を実施し、高付加価値繊維は日本で生産する一方で労働コストの低いベトナムで縫製することでベトナムから米国へ輸出し、今後は原産地規則を満たす供給網の実現を目指している。

 二つ目は、国内へ出荷が増える期待もある。経産省の調べによれば、東京大田区で金型や測定器等の設計や製造、販売する企業では、主に自動車部品メーカー向けの金型や測定器具などを設計・製造・販売しているが、TPPにより取引先の自動車部品メーカーなどの輸出が拡大することで金型や測定器具などの受注拡大に期待を寄せている。また、東京都新宿区にあるエンジン部品等を製造するメーカーは、インドネシア等でベトナム向けの二輪車用エンジン部品を製造しているが、TPPの発行も見据えてインドネシア等から日本に生産の一部を移すことも視野に入れているようだ。これにより、同社に部品を納入する中小企業の納入拡大が期待されている。

 三つ目が、地域産品等の輸出拡大への期待である。経産省では事例として三点あげている。一点目が陶磁器であり、特に現時点で最大の輸出先国は米国であるが、現行税率が最大28%あり、TPPを活用するメリットがあるとしている。具体的には、岐阜の美濃焼等では近年の日本食ブームを背景に海外の展示会等で日本食とともに食器を紹介する動きがある。二点目がタオルである。現時点で米国9.1%、カナダ17%の高関税があり、これが撤廃されることで輸出拡大に期待が高まっている。具体的には、今治や泉州等では日本で糸から生産し、使い心地にこだわった高品質のタオルをブランド化する動きがある。三点目が高級洋食器である。具体的には、新潟県燕市ではノーベル賞の晩さん会で使用されるような高品質なステンレス製洋食器を製造しており、米国への輸出は現行税率で最大8.2%の関税がかかることから、高級品では関税撤廃はプラスとTPPの大筋合意を歓迎する向きがある。

 こうした期待が高まる中、TPP大筋合意を受け、政府内ではTPP対策の予算化の動きが進んでいる。ただ、TPPの発効には参加12か国が協定に署名し、議会の批准など国内手続きを終える必要があり、実際には2年近くかかるとみられている。従って、政府は発効に備え、中小企業の声に耳を傾けることで万全な対策をとるとともに、経営者側も環境変化を好機ととらえる姿勢が期待されよう。(第58話に続きます)

 

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所

経済調査部 主席エコノミスト

永濱利廣

 

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第56話)

第56話:TPPをうまく活用するために抑えておくべきこと

 TPPをうまく活用するために抑えておくべきことは、主に10点に数えられる中小企業へのTPPのメリットであり、TPPは製造業のみならずサービス業も含めた多様な中小企業の発展の契機となろう。

 一点目のメリットは関税の撤廃であり、わが国が輸出する工業製品の99.9%の関税が撤廃される。自動車部品を例にとれば、現行税率が主に2.5%である米国への輸出については品目数で87.4%、輸出額で81.3%の即時撤廃で合意しており、これは米韓FTAを上回る水準である。また、現行税率が主に6.0%であるカナダへの輸出についても品目数で95.4%、貿易額で87.5%の即時撤廃で合意しており、これも加韓FTAを上回る水準である。従って、中小企業自らの輸出拡大のみならず、大企業の輸出拡大を通じても中小企業の事業に大きなメリットとなろう。なおTPPでは、陶磁器でも対米輸出額の75%を即時撤廃、タオルでも米国の現行税率9.1%を5年目に撤廃、カナダの現行税率17%を即時撤廃など地方の中小企業に関連する品目についても関税撤廃で合意している。

 二点目は、商品がどの国でつくられたかを特定する原産地規則のルールの中で「完全累積制度」が導入されることである。これにより、生産工程が複数国に跨っても、TPP参加12か国内で生産された製品は関税優遇を受けられることになる。従って、部品の供給網が広がれば、優れた加工技術を持つ日本の中行企業の競争力は一層高まることになろう。

 三点目は、投資サービスの自由化である。具体的には、コンビニなどの小売業のみならず、劇場・ライブハウス等のクールジャパン関連、旅行代理点などの観光関連などの外資規制が緩和される。また、進出企業に対する技術移転要求やロイヤリティ規制などが禁止となるため、サービス業も含めた幅広い分野で海外展開にメリットが生じる。中でも、食品や日本各地の特産品等を生産する中小企業がコンビニと提携することで海外展開が容易になろう。更に、ISDSと呼ばれる国と投資家の紛争解決手続きも導入された。これにより、中小企業が相手国政府から不当な扱いを受けて被害を被った際に、直接国際仲裁へ訴えることが可能になる。

 四点目は、迅速通関など通関手続きの円滑化である。これは、貨物の到着から48時間以内(急送貨物は6時間)に引き取りを許可する原則である。これにより、海外の納入先への納入遅延リスクが軽減し、オンライン通販などにもメリットが期待できる。

 五点目は、模倣品や海賊版対策の強化である。これは、模倣品を水際で職権を差し止める権限を各国当局へ付与することや、商標権を侵害しているラベルやパッケージの使用や映画盗撮への刑事罰義務化等が含まれている。このため、模倣品による被害を受けている中小企業の製品の模倣品の防止や技術の保護や、デジタルコンテンツの海賊防止にメリットが生じる。(第57話に続きます)

 

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