エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第73話)

第73話:年金制度改革の行方

 経済的に余裕のある高齢者の社会保障費を引き下げるのと並んで、おそらく年金の支給開始年齢の引き上げも近く実施されると考えられる。

 支給開始時期が65歳まで引き上げられるのは、基礎年金の部分が2018年、報酬比例部分が2030年だが、これを68歳にするという議論が進んでいるのである。しかし、実は年金のそもそもの仕組みを考えるとあながち暴挙とも言えない事実がある。

 日本の年金制度ができたのは、昭和36年のことであり、当時から年金の支給開始時期は60歳だったが、当時の平均寿命は68歳。つまり、年金の平均支給期間はたったの8年だった。一方、現在の日本人の平均寿命は80歳を超えているため、支給開始が60歳のままだと、平均20年以上も年金を受け取ることになる。もともと8年支給する前提で考えられた仕組みで、20年間も支給しようとすること自体に無理があるのは疑う余地がない。このような状況の変化を勘案すると、支給開始時期を70歳近くに引き上げるのは、まったく妥当性を欠いた話ではない。

 実際、欧米では平均寿命が日本より短いにもかかわらず、年金の支給時期を米国は2027年に67歳、イギリスは2046年に68歳に、ドイツでは2029年に67歳に引き上げが決まっている。

 なお、今後の経済状況次第では、既に行われているマクロ経済スライドを物価下落局面でも実施することや、消費税率引き上げ時にマクロ経済スライドを修正することも、無視できない財政収支改善効果をもたらすことが期待されている。

 これらの改革は国民の痛みが伴うので、あまりに大胆に実行されてしまうと、いくら現役世代の収入が増えても、全体としての消費が増えず、結果として景気の腰を折ってしまいかねないリスクとなりうる。

 但し、安倍首相は2015年2月5日の参院予算委員会で、財政健全化の目安となる基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年に黒字化させるとの政府目標について「『国際公約』だと一度も申し上げたことはない。」と明言し、更に「そもそも計画経済のように約束してがちがちに固めてやると、結果がかえって悪くなることもある。大切なのはこの方向に向かって進んでいくことであり、国民生活を豊かにしていくことだ」と発言している。この言葉が本心であるとすれば、経済の腰折れに繋がるような社会保障改革を推し進めるようなことはないのではないかと期待される。

 もちろん社会保障改革が全く進まなければ、2020年をまたずに、国債の信任が下がって金利が跳ね上がったり、日銀の金融緩和の出口が困難になったりするリスクもあるため、こちらも一応は注意しておいたほうが良いだろう。(第74話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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60分でわかる「マイナス金利」
第一生命経済研究所
首席エコノミスト:永濱利廣(監修)

mainasu2016年1月29日に日銀の金融政策決定会合で決定され、2月16日から実施された「マイナス金利」。

プラスであることが当たり前の金利がマイナスになるとは、いったいどういうことなのか?

日本の経済を再生する原動力となるのか?

そして、私たちの生活にどのように関係するのか?

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第72話)

第72話:参院選の争点

 7月10日投開票の参院選が公示され、与野党の公約が出そろった。民進党の公約ではアベノミクスを「富とチャンスが偏り、人々の能力の発揮や個人消費が阻まれている」とし、教育や職業訓練など人への投資による長期的な成長を重視するとしている。一方、自民党は脱デフレ実現に向けてアベノミクスの加速を掲げているが、成長と分配の好循環も強調している。このため、保育士の待遇改善や教育費の軽減、最低賃金引き上げや格差是正等に関しては与野党で同種の公約が出ており、社会保障政策は参院選の争点になりにくいだろう。ただ、いずれの公約も日本経済の構造改革で最も進捗が遅れているとされる労働市場改革に踏み込めていないのは残念だ。秋の臨時国会で、長年の課題である解雇規制緩和や外国人労働者活用促進の議論が加速することが期待される。

 こうした中、経済政策で注目されるのがマイナス金利に対する与野党のスタンスの違いである。自民党はリニア中央新幹線の大阪開業前倒し等の分野でマイナス金利を活用した超低金利活用型財政投融資を早急に具体化し、今後5年間で官民合わせて30兆円をめどに事業規模を確保するとしている。一方の民進党は、これまで日銀の独立性を強調してきたことからすれば違和感があるが、マイナス金利の撤回を掲げている。マイナス金利に対する反発は、現在のところ金融市場が中心となっているが、参院選を機にその反発が国民にまで波及するかどうかが注目される。

 またTPPに関しても、与党は農林漁業者の不安を払しょくして経営発展を後押しする一方、民進党は重要5品目の聖域が確保されていないこと等を理由に、今回の合意には反対している。TPP関連法案については9月後半に開催が予想される臨時国会にて審議が進むものと予想されるが、参院選におけるTPPの議論次第では、参院選後に編成予定の第二次補正予算で含まれることが想定されるTPP対策のメニューに影響を及ぼす可能性があろう。

 他方、憲法改正については、自民党が衆参の憲法審議会の議論を進めることで国民の合意形成に努めて改憲を目指す一方、民進党は新しい人権など未来志向の憲法を国民と構想するとして9条改正に反対している。ただ、こちらの議論が盛り上がれば、経済政策に関する議論が置き去りになる懸念があることは注意が必要だろう。そもそも、安倍首相が掲げたアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。しかし、仮に参院選で大勝して憲法改正を優先的に取り組むとなってしまうと、経済政策が後手に回り、株価も下落という、あってはならないシナリオの懸念が高まることも想定しておく必要があるだろう。(第73話に続きます)

永濱 利廣 氏

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第71話)

第71話:予想される個人消費の拡大策

 参院選後に編成予定の第二次補正予算のメニューについては、消費税率引き上げ後の個人消費の低迷がリーマンショック後以上に長引く中、3月24日に開催された平成28年第4回経済財政諮問会議において、民間議員がGDP600兆円の実現に向けて「消費の持続的拡大」と題して提案された内容も参考になろう。

 この提言では、消費の持続的拡大として、包括的な取り組みを進めるべきとしている。柱が「輝く希望の実現」であり、働きたい、働く時間を増やしたいなど、希望通り働くことができない状況にある約920万人の要望に応えることを目指す。そして、これが実現されれば、10-14兆円程度の所得増と消費拡大が実現できるとしている。

 具体的には、アベノミクスの成果を活用して就業促進や人材投資、多様な働き方改革、待遇改善を進めるメニューが並ぶ。中でも注目のメニューは、負担減のため働く時間を抑える「年収130万円の壁」の克服や長時間労働の抑制と有給休暇取得の促進が挙げられよう。また、健康増進・予防サービス分野や子育て・介護サービス、まちづくり、インバウンドを含む国内外旅行、TPP市場、シルバー市場など有望分野のイノベーションや規制改革を通じて、国民が求める新たな財・サービスを生み出すとしている。ここでの注目メニューは、プレミアム付き商品券や旅行券発行、地方乗り入れの格安航空会社やクルーズ船の発着拡大などが挙げられる。

 ただ、消費喚起策のメニューだけで事業規模を6兆円以上にするのは困難であろう。従って、実際に打ち出される補正予算については、消費喚起策に加えて公共事業の支出増が加わる可能性が高い。具体的には、訪日客が乗り入れる空港やクルーズ船が停泊できる港湾等の整備に加えて、リニア新幹線の延伸時期の前倒し、熊本、大分県の地震被害の復旧・復興や老朽化インフラの大規模な改修工事等のメニューが加わることが予想される。

 なお、公共事業に関しては建設業界の人手不足の深刻化により工事が予定通り進まないと懸念する向きもある。しかし、国土交通省の建設労働需給調査によれば、建設技能労働者の過不足率は2014年度以降急速に不足率が縮小している。従って、これまでのアベノミクス下における補正予算に比べれば、GDPの押し上げ効果は高まる可能性がある。政府は当面の景気を下支えするために16年度予算を前倒しで執行するとしており、通常であれば16年度後半にはその反動減が懸念されるが、この反動減の部分を今年度補正予算における景気対策により相殺することが期待されよう。

 いずれにしても、事業規模は今後の金融市場の動向に大きく左右されることが想定される。(第72話に続きます)

永濱 利廣 氏

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第70話)

第70話:経済対策は1億総活躍や消費拡大に重点

 参院選前に打ち出される観測の経済対策のメニューについては、消費税率引き上げ後の個人消費の低迷がリーマンショック後以上に長引く中、政府が5月に公表した「1億総活躍プラン」に沿った個人消費の喚起策が中心になろう。

 具体的には、5月18日に開催された「一億総活躍国民会議」において決まった「ニッポン一億総活躍プラン」案が参考になろう。この案では、半世紀後の未来にも人口一億人を維持するとして五つの柱の下、包括的な取り組みを進めるべきとしている。そして、これが実現されれば、賃金総額が2020年に20.5兆円増えるとしている。

 一つ目の柱が「子育て支援の充実」であり、保育の受け皿確保、保育士確保に向けた待遇改善も含めた総合的取組の推進を目指す。これまで、2017年までの保育園の児童受入数を40万人から50万人分と上積みし、保育士の給料を2015年度に2%引き上げた。具体的な注目メニューは、待機児童の解消に向けた受け皿拡大や第二子・第三子への支援の拡充、子育て支援バウチャー(クーポン)、子育て世帯に空き家を低家賃で提供すること等が挙げられる。

 二つ目の柱が「介護支援の充実」であり、介護の受け皿確保、介護人材確保に向けた待遇改善も含めた総合的取組の推進を目指すとしている。中でも注目のメニューは、介護ロボットの活用促進やベトナム等の外国人介護士の受け入れ、介護職員の待遇改善等があげられよう。

 三つ目の柱が「高齢者雇用の促進」であり、働く希望を持つ高齢者の雇用促進に対応すべきとしている。具体的には、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業を支援する。

 四つ目の柱が「非正規雇用者の待遇改善」であり、不本意非正規雇用者の正社員転換や同一労働・同一賃金に向けた非正規雇用者の賃金改善を目指すとしている。中でも注目のメニューは、同一労働同一賃金を実現する法令整備が挙げられよう。具体的には、非正規雇用者と正規雇用者の待遇差を縮小するために、労働契約法や労働者派遣法などを改正する。

 五つ目の柱が「最低賃金の引き上げ」であり、最低賃金を年率3%上昇させ、雇用者全体の賃金を底上げるとしている。ここでの注目メニューは、現在約800円の最低賃金時給を早期に1000円に引き上げることが挙げられよう。(第71話に続きます)

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第69話)

第69話:参院選前に打ち出される観測の経済対策

 各紙の報道によれば、政府は足元のマーケットの混乱や世界経済の減速に対応すべく、5月26~27日に伊勢志摩で開催されたG7サミット後に経済対策をまとめるとされている。

 経済対策の規模についても、政府・与党内で「5兆円超」や「10兆円前後」との見方があると報道されている。また、熊本・大分両県で4月14日以降相次いでいる地震の復旧・復興に対して、大型の補正予算が組まれることが予想される。

 経済対策の規模を設定する際に一般的に参考にされるのが、潜在GDPと実際の実質GDPのかい離を示すGDPギャップ率である。2015年10-12月期のGDP二次速報を反映した直近のGDPギャップ率は、内閣府の推計によれば▲1.6%に拡大しており、これを金額に換算すれば約8.6兆円となる。

 政府は既に平成27年度に総事業規模3.5兆円の補正予算を決めており、今年度からその効果が出現することが期待されている。そして実際に、政府は平成27年度補正予算の経済効果として実質GDPを0.6%程度押し上げると試算しており、これを金額に換算すると3.2兆円程度となる。従って、経済対策の内容にもよるが、少なくとも平成27年度補正予算に近い内容の経済対策を前提とすれば、事業規模の約9割分が実質GDPにカウントされる計算となる。

 一方、平成27年度補正予算の経済効果が出現しても、足元のGDPギャップを基準とすれば、まだ8.6兆円から3.2兆円を引いた残りの5.4兆円のデフレギャップが残ることになる。従って、少なくとも平成27年度補正予算に近い内容で足元のGDPギャップを解消するのに十分な規模の経済対策を前提とすれば、5.4兆円を0.9で割った結果として得られる6兆円程度の追加の経済対策が必要となる。

 ただ、4月以降に熊本県と大分県で相次いで発生している地震では、巨額な資本ストックの被害が発生していることが予想される。実際、内閣府によれば、今回の熊本地震の被害額を2.4~4.6兆円と試算している。資本ストックの被害総額が1.7~3.0兆円と試算された新潟中越地震においても、発生年度に打ち出された補正予算の規模が4.8兆円にも上ったことからすると、すでに閣議決定した熊本地震対応の補正予算案7780億円に加えて、5兆円程度の復興予算が予想される。(第70話に続きます)

 また、夏の参議院選挙を見据えた景気対策の意図もあることからすれば、サミットで示されたG7が機動的な財政出動と構造改革の推進に協力するという宣言を踏まえ、日本が率先して政策総動員で取り組む姿勢を前面に打ち出すという意図から、需要不足解消に地震の復旧・復興の費用を加えることで、規模がさらに膨張して真水で10兆円規模の対策に拡大する可能性も十分に考えられよう。nagahama0607png

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