清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第170話)

第170話:社会のお目付け役「世間さま」はどこに行ったのでしょう。

 今を生きていながら、日々のちょっとしたことに変化を感じることがあります。今まで自分なりに当たり前と思っていたことが、そうではない状況として見えてくる時、何故だろうと不思議な想いが巡っていくもの。そのきっかけが何であったのかが、後になってわかることもあります。社会の変化は、時計の秒針的にコツコツと眼に見えて動きのわかるものと、長針的に日々の変化に眼をやるもの。そして短針的に何となく気がつけば変わっていたということがあるようです。余り秒針的なことばかりを追い求めていると、肝心な数年前との大きな変化を見落としてしまいます。

 1970年代初頭に登場したファストフードは、それまで、歩きながら、しかも手に持ってモノを食べることを、はしたないと教えられてきた呪縛を解き放ちました。80年代初頭のOA(パソコン)革命は、難解なコンピュータ言語を遠くへ追いやり、90年代後半からのIT革命やインターネットは、個人の情報行動の範囲を広げ、自分自身の判断による情報選別の必要性を強く持たせるようになりました。こうしてみてくると、何となくこの10年近くで我々は自分の殻の中に納まり、他との干渉を拒絶する自己中心的な生活価値観を持つようになってしまったように思えることがあります。

 周りに眼をやることをせず、自分の生活行動をそのまま公共の場に持ち込むような「車内化粧」や「車内スマホ」。自分の欲求を瞬間的に発現する「性的犯罪」。この世の中は二人を中心に動いていると誤解する「車内抱擁」。取り上げれば、秒針的な変化は、あたりかまわずです。

 元号を飛び越しても、それ程の昔ではない「昭和」という時代には、この国に「世間」とういお目付け役がいたように思います。どうやら最近「世間さま」はどこかに行ってしまって、あたりかまわぬ気風がこの国を覆っているように感じます。寒さは、冬に向かう季節のせいだけではなさそうな「世間」です。

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 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

10冊目の新書が出ましたので是非お読みください。

清野裕司の「ビジネス心論」


今、マーケティング・スタッフには効率よく作業をこなすためのスキルを高めることよりも、幅広い視野で変化を敏感に捉える感度(センス)が問われています。起きている現象を見る目だけではなく、時にもう一つの目(心眼)を開いて、今迄と今を見直し、明日への道を切り拓いて行くように、自らの心に問う学びの志です。
学ぶこと考えることの楽しさを知った自らのビジネス体験を、次代へと歩み行く方々に伝承しておきたいと考えて「心論」と題しました。

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第169話)

第169話:「景気」の変動は身近なところで感じるもの。

 消費税率の2%アップもあり、これからの景気はどのような変化をみせるのでしょうか。

 報道のメッセージで「景気回復」の言葉を聞いても、ここ数年は余り実感がありません。自分の身の回りの様相を見ても、これといった大きなうねりを感じさせないからです。小さな変化は日常的に起きるものの、人が皆活き活きとした眼で動いている様子を感じさせません。携帯でメールを読んでいるからだけではなく、何となく下向きの人に出会うことの方が多い気がします。繁華街での客待ちのタクシーの数は、日に日に増加しているように見えます。

 そもそも「景気」とは何でしょうか。三省堂「大辞林 第二版」によれば、「(1)社会全体にわたる経済活動の活発さの程度。(2)「好景気」に同じ。「あの店は最近すごい―だ」(3)威勢のいいこと。元気なこと。(4)けはい。ようす。ながめ。」といった整理がある。経済学的な定義もあろう。しかし、今ひとつ忘れてはならないポイントがあります。それが「景色」と「気分」の合成です。

 自らの行動が、今の環境に照らして似つかわしいことなのかどうか。まさに「景色」にあった行動を取っているのかどうか。普段行ったこともないような高級レストランに友人共々で行くと、勝手を知らないが故になぜか落ち着かないといった経験は無いでしょうか。自分にとって、周りの景色がうまく調和していない証拠です。何かを購入しようとして、その気になり店に出向くまでは良いのですが、実際に購入する段になって急に「気分」が盛り上がらず止めてしまったことは無いでしょうか。購買行動を後押しし、かつ引き上げる力が欠落している状況で、まさに「気分」が高まらないのです。

 マクロ経済の視点からすれば、一時期の停滞感は脱出したようにも感じます。しかし、日常のマーケティング活動は、マクロの視点で行われているのではなく、ミクロの見方です。新しい生活環境を具体的に提示できる「景色」と、購入しようとする「気分」を高める情報の提供。まさに、マーケティングは「景色」と「気分」を高める提案を継続する思考と行動の体系と考えるべきだと思います。(第170話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第168話)

第168話:「マーケティングの役割は何ですか?」に自分の答えをもとう。

 長きにわたってマーケティング・スタッフの仕事をしていると「そもそも」の本質的な質問を受けることがあります。「マーケティングの役割は何か」というのも、その内のひとつだと思います。答えは様々です。

「驚きと感動を与えてくれる/生活に潤いと癒しを与えてくれる/時間消費、空間消費の無駄を無くしてくれる/情報の選別の基準を示してくれる/調べたいことが直ぐに分かる/自分が何をしたいか選択肢を準備してくれる/自分の秘書代わりになってくれる/購買環境を整備し、簡単に買い物ができる/安全、安心を提供してくれる」といったことから、「自らの日々の行動を見直すインデックスである。/仲間を増やす思考・態度のアドバイザーである。/仲間(顧客)を生み出す仕組みである。/過去を振り返り、未来を描くガイドである。/自らの生長の尺度である。」といった答えまでに広がっていく。

 そのようなやりとりをしていると、マーケティングに対する自分なりの定義も浮かんでくるものです。私にとってのマーケティングは、次のように定義しています。

 マーケティングとは、「常に相手の立場に立って自らの行動を見つめ直す思考の体系」。組織行動に限らず個人の行動にもまた、マーケティングは内在すると考えられる。自らの行動を評価し判断を下す相手は誰かを理解することから、マーケティングは始まる。

 自らを取り巻いている環境の変化を如何に自分自身の問題として意識し、そのために今自分達は何をしなければいけないのかを常に見極めていくことが必要である。自分が相対している対象者(企業にとってみれば顧客=生活者)は、何をしてくれたならば喜んでくれるのだろうかという発想を忘れてはならない。

 マーケティングは、企業が市場を操作する為の手段体系ではなく、いつも相手の立場に立って自らの行動を見直し、その行動自身を律して行く思想体系とも考えられる。(第169話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第167話)

第167話:人生の主役は誰?「〇〇の」が付くのは脇役?

 夏休みも終わり、小さな子どものいる家庭では、夏の1ヵ月半とは異なった生活時間が始まりました。それぞれが、各自の生活空間に戻っていき、主役の座に戻ることになります。人生は一人一人が主役の舞台を持っているもの。しかし、昔からのことではありますが、家族間の呼称についてある思いがよぎることがあります。夏休み期間中によく耳にした夫婦間のやり取り、「パパ」「ママ」と呼び合うシーンである。

 特段にそのことが悪いとは言わないが、呼ばれている本人たちは、自らの人生舞台でいつの間に主役の座を明け渡しているのだろうかと感じる時です。「パパ」は子どもを主役にしたときの、対象呼称。「ママ」もしかり。子どもを前にしたならば、そこにコミュニケーションの三角構造が出来るので、何ら違和感はありません。しかし、子どもが介在しない二人だけのやり取りに、お互い「パパ」「ママ」。結婚した当座は、違う呼称を使っていた筈です。名前で呼び合ったりしたのではないでしょうか。それが、子どもが出来た途端に子ども主役の呼称。何故それ程早く、自分が主役である自分の人生で、脇役になってしまうのでしょうか。

 子どもが小さいときの呼称が、そのまま何年も使われることがあります。「○○ちゃんのパパ」「△△ちゃんのママ」といった呼称。その子どもが二十歳を過ぎても、そのままということもあります。不気味な感じがします。

 いつの頃からか、自分の伴侶を「奥さん」と言う場面に出逢うことがあります。他人に自分のもっとも身近な存在を知らせるのに、何故丁寧語を使わなければならないのでしょうか。それ程、自分にとって距離のある存在なのでしょうか。自分を主役にした状況であれば当然「女房」「妻」「家(うち)の者」「パートナー」といった呼称もあるでしょう。

 夏を終え秋になる。人生の主役は誰か、もう一度じっくりと考える季節かもしれません、そこにいる「パパ」&「ママ」。(第168話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第166話)

第166話:良い「モノ」には、相応しい「モノ語り」があります。

 自分自身の生活空間を見回してみると、実に様々なモノに囲まれていると感じます。狭い自宅の一室には、TVやPCが置いてある。仕事をする際に着用するスーツやネクタイも同じ部屋です。もう何年も使ったことのないモノまでが同居しています。他人から見ればガラクタに過ぎないモノも、自分にとっては捨てがたく身の回りに取り置く結果になっています。どうしても空間自体が狭まってしまい、そのことを承知で、たくさんのモノに囲まれて時が流れます。

 思えば長く消費者として生きてきた自分。そして、多様なモノを購入してきました。その時々で無用とは当然思わずに購入したモノです。しかし、時は流れます。自らの生活スタイルも変わるもの。時々に輝きを見せていたモノたちが、いつの間にかその輝きを失い、今の自分にとっては無用のモノになってしまっています。生活循環の宿命でしょうか。存在しているモノが、過去から今までの「物語り」を思い出として語っていくようになります。

 仕事柄もあるとは思いますが、いつも街や店を見ていると「こんなモノがあればよいのに」「便利になるモノを見つけた」と悦にいることがあります。しかし、それらをどのような場面でいつ使うのかとなると、判然としないコトがあります。モノは手に入れてしまえば自らの保有物になりますが、使い始めて価値を生み出します。そこでのモノの持つ意味や役割がはっきりしなければ、「事始め」にはなりません。使ってみてはじめてそのモノの良さを再認識するコトがあります。もちろんその逆に、即刻無用の長物と化してしまうモノもある。

 企業の製品開発において、「モノ発想」ではなく「コト発想」の重要性が言われます。もの言わぬモノに「物語り」を語らせるためにも、そのモノの存在する時間と空間を想定し、合わせて登場する人間を考えておかなければ、コトは始まらないのです。(第167話に続きます)

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