エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第112話)

第112話:エンゲル係数で示される生活水準の低下

 経済的なゆとりを示す「エンゲル係数」が、我が国では2015年から急上昇している。特に2016年には総務省「家計調査」の勤労者世帯ベースで前年に比べて+0.6ポイント高い24.2%となっている。この背景には、家計の節約や食料品価格の上昇があるといわれている。

 エンゲル係数は、家計の消費支出に占める食料費の割合であり、食料費は生活する上で最も必需な品目のため、一般に数値が下がると生活水準が上がり、逆に数値が上がると生活水準が下がる目安とされている。

 エンゲル係数は、家計の消費支出に占める食料費の割合とされているが、その変動には、いずれも数量と価格が関係している。つまり、消費者物価(総合)に対して相対的に食料品価格が上昇すれば、エンゲル係数の押し上げ要因となる一方で、相対的に食料費以外の支出抑制もエンゲル係数の押し上げ要因となる。

 また、分母の消費支出は可処分所得と平均消費性向すなわち家計が自由に処分できる所得と世帯の消費意欲に分解できる。そして、可処分所得は実収入すなわち世帯の現金収入を合計した税込み収入に左右される一方で、非消費支出すなわち税金や社会保険料など世帯の自由にならない支出にも左右される。従って、こうした要因に分解すれば、エンゲル係数がなぜ上昇したかを分析できる。

 2016年のエンゲル係数は前年比で+0.6ポイント上昇し、2014年から+1.8ポイントの上昇を記録した。しかし、食料品の値上げが相次いでいる一方で、食料品の消費量は減っているように見える。そこで、エンゲル係数の上昇率を食料品の消費量と相対価格および実収入と非消費支出、平均消費性向に分けて要因分解してみた。すると、食料品の相対価格が+0.9ポイントの押し上げに働く一方で、平均消費性向の低下要因がそれを上回る+1.0ポイントの押し上げ要因になっていることが分かる。

また、可処分所得の内訳では、実質実収入の増加と非消費支出の増加が相殺され、トータルで▲0.1ポイントの押し下げ要因となる。一方、実質食料品消費の要因は+0.0%ポイントの押し上げに止まる。つまり、家計の可処分所得の低下ではなく、食料品の相対価格上昇と消費者の平均消費性向の低下が、近年のエンゲル係数上昇の実態だ。

 まず、相対価格上昇の主因を探るべく、総務省「消費者物価指数」を用いて2015年以降の食料品価格上昇率を品目別に寄与度分解してみると、野菜・海藻の押し上げ寄与が最大となる。一般的には、日本の熱量供給ベースの食料自給率は近年39%で推移していることから、アベノミクスで円安が進み、これが食料品の輸入物価上昇をもたらし、食料品価格上昇に結びついていると言われている。しかし、2016年における飲食料品の輸入物価はむしろ円高で前年比▲11.8%も下落している。そして、野菜・海藻の押し上げ寄与度1.1%のうち1.0%分が生鮮野菜価格の上昇で説明できる。その結果、野菜の国内自給率が8割であることからすれば、食料品価格上昇の主因は円安というよりも、天候不順に伴う生鮮野菜価格が上昇した要因が大きいと推察される。(第113話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第99話)

第99話:正しい消費者物価の見方

 家計が消費するモノやサービスの価格を指数化した総務省の「消費者物価指数(CPI)」は、日本で最も代表的な物価統計である。しかし、我が国では消費者物価指数の動きが経済活動と乖離しているとの指摘が多い。この理由として、消費者物価指数の、①経済活動の需給と関係ない非市場取引を含む、②パソコンやカメラの時価に品質調整を施す―などの点が経済活動との乖離をもたらすことが指摘されている。

 消費者物価指数では、賃貸と自己所有の居住活動を整合的に捉えるため、自己所有の家でも家賃を払う想定で架空の帰属家賃を計上する。さらに、需給とは全く関係ない公共料金も計上される。

 実際、財・サービス分類別の消費者物価指数をみると、サービスが上昇傾向にあるのに対し、持家の帰属家賃や公共料金は下落傾向にある。つまり、昨年夏以降の生鮮食品を除いたコアCPIの下落は非市場取引価格の下落が寄与しており、これが経済活動との乖離を生み出している。

 また、消費者物価指数では、品質向上が著しく製品サイクルが極めて短いパソコンやカメラについて、品質調整済みの価格変動をヘドニック法により求める方法を採用しており、こうした調整も経済活動との乖離をもたらしている。ヘドニック法とは、例えばパソコンのHDD記憶容量が1TB増えたとき本体価格は5%上昇するという関係が推計できた場合、HDD記憶容量が1TB増えた新製品が出れば、実際のパソコン本体価格を5%割り引いて価格を比較するとみなす統計処理である。つまり、パソコンの値段が変わらなくても、HDD記憶容量が1TB増えれば、消費者物価指数では価格が5%下がったと計上される。

 しかし、向上したパソコンの機能をすべて使いこなしている利用者はどれだけいるだろうか。利用者が活用しきれていない品質向上の分は、需要側からみれば架空の価格下落にすぎない。従って、品質調整も含んだ消費者物価指数のインフレ率は現実よりも過小推計され、需給と合わない一因になっている可能性がある。

 以上の理由から、消費者物価指数と現実の経済活動との間には大きなギャップがある。実際、コアCPIインフレ率は2015年7月からマイナス傾向にあるが、非市場取引部分を簡便的に除去したコア市場取引CPIのインフレ率をみると、コアCPIインフレ率がマイナスの間もプラス傾向を維持している。つまり、小売り段階での需給はコアCPIインフレ率の下落が示すほど緩んでおらず、こうしたコア市場取引CPIの動向を加味すれば、コアCPIの下落は非市場取引の下落に起因する側面が大きく、実際のところ小売り段階での物価は下がっていない可能性がある。(第100話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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