エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第210話)

第210話:再集計後も不自然な毎月勤労統計

 厚生労働省では、毎月勤労統計を不適切に調査していたことから、統計に大きなずれが生じていた。そのため、同省は1月23日に12年以降の再集計値を発表している。

 毎月勤労統計は、働く人の一人当たりの平均賃金や労働時間などを調べ、500人以上の事業所は全て調べていることになっていたが、04年から東京都分は三分の一しか調べていなかった。このため、中小企業に比べて賃金の高い大企業が抜け落ち、これまで公表してきた名目賃金は実際より過少だったため、再集計後の18年の賃金の伸びは下方修正されることになった。

 実は、常用雇用指数が大きく下方修正された背景には、18年のサンプル替えのタイミングで生じた指数の断層が大きく拡大したこともある。

 実際、常用雇用指数は再集計値で2018年1月に大きな段差が出来ており、常用雇用の実態を必ずしも正確に反映してない可能性がある。特に、アベノミクスがより重視をしているとされる総賃金で考えた場合、毎月勤労統計では2018年1月以降に常用雇用指数が下振れしている傾向にあり、家計所得動向を把握する上では問題があるといえる。

 こうした点を補うため、総務省が公表している「労働力調査」を見てみよう。労働力調査は、一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約4万世帯を対象に、我が国の就業状況を安定的に捉えることを目的としている。一般的には失業率を計測する統計と認知されているが、常用以外も含んだ雇用者数の実数を調べていることから、毎月勤労統計の常用雇用指数よりも雇用の実態をあらわしていると見られており、GDP速報の雇用者報酬を推計する際にも重視されている。

 そこで、労働力調査の「雇用者数」の動きを見ると、2017年は毎月勤労統計の「常用雇用指数」と同様に増加基調にあったことがわかる。しかし、2018年以降は常用雇用指数のような不自然な段差は全く生じていないことがわかる。同じグラフで比較すると、毎月勤労統計の「常用雇用指数」はサンプル替えの2018年1月で不自然な断層が生じていることがわかる。

 賃金の実勢を判断するには、雇用者数の増加が押し下げに作用してしまう従業員の平均賃金だけでなく、従業員の平均賃金に従業員数を乗じた「総賃金」も合わせてみることが重要である。幸いにもこの点では、マクロの「総賃金」を示すGDP速報の「雇用者報酬」が従業員数を労働力調査の雇用者数メインで推計しているため、大きな問題は生じない可能性が高い。

 しかし、毎月勤労統計の常用雇用指数ではサンプル替えのあった2018年1月から断層が生じていることからすれば、今回の毎月勤労統計の再集計値に基づいて、総賃金を過少に評価すべきではないと思われる。(第211話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第94話)

第94話:経済指標(一次統計)の問題点

 景気の先行きについては一段と注目が集まっており、その判断材料となる経済指標の役割も高まっている。特に、家計調査や毎月勤労統計調査、法人企業統計季報は実態を捉えているのか、GDPの速報値はなぜここまでぶれるのか等、政策判断への影響が大きいため、これら経済統計の信頼性について関心が高まっており、内閣府の統計委員会でも改善に向けて検討が進められている。

 こうした中、一次統計で最も問題点が多いのが、総務省『家計調査』である。家計調査は、家計が購入した財・サービスに対する全ての支出を網羅していることに加え、調査世帯の収入や品目別の消費支出など詳細なデータを提供している。そのため利用価値が高く、消費動向を見る上でも重要な判断材料とされてきた。こうしたことから、GDP速報の民間最終消費支出の推計にも用いられているが、家計調査については従来から「消費の実態を反映していない」等の批判がある。この主たる原因としては、調査サンプルの少なさが挙げられる。

 具体的には、家計調査の調査対象のうち「二人以上の世帯」は全国で約3500 万世帯に達しているが、家計調査における調査世帯数の約8000 世帯は全世帯数の約0.02%にとどまっている。特に、自動車など購入頻度の少ない高額消費がサンプル世帯に集中した場合、全体の消費がかく乱される傾向があることや、定義の近い家計調査の実収入が毎月勤労統計の結果と大きく乖離することは、消費動向を把握する上で大きな問題点とされている。また、日々の詳細な支出内容にわたる調査であるため、報告者側の負担も大きく、調査に応じる世帯の偏りがあるとの指摘もある。更に、家計調査は単身世帯も調査対象としているが、単身世帯数が全国で約1300 万世帯に達しているのに対して、家計調査における調査世帯数は約750 世帯と全世帯数の約0.006%に過ぎず、精度面では二人以上世帯よりも大きな問題があるといえる。一方、近年では統計環境の悪化も指摘されている。女性の社会進出が進む中で、家計調査のように報告者負担が大きい調査に応じられるケースは大幅に減少していると思われ、こうした傾向が進めば統計の精度が更に低下する恐れもある。このように、統計調査環境の悪化が進む中にあっては、もはや家計調査は月次の景気指標としては限界があるものと考えられる。

 一方、厚生労働省『毎月勤労統計』の問題点としては、何と言ってもサンプル替えの問題により遡及改定幅が大きいことがある。特に現金給与総額では、サンプル替えに伴うギャップ修正により過去に遡って変化率が改定されることが、大きな問題点として指摘されている。他方、財務省『法人企業統計季報』における最大の問題点としては、資本金一億円未満の企業の抽出率が低く回答率にもばらつきがあることから、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、毎年四月のサンプル替えの際、調査結果に連続性が損なわれることである。こうしたことから、雇用者や人件費の変動を見ても、他の労働関連統計と連動しないことも指摘されている。(第95話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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