エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第208話)

第208話:実感なき景気回復の裏づけとされる実質賃金の低下

 これまでの日本経済は、景気回復が続いてきた。GDP統計によれば、日本経済は2012年から2018年まで7年連続でプラス成長を続けている。また、失業率は2017年に23年ぶりに3%を下回り、雇用情勢も好転してきた。しかし、実質賃金の低下を理由に、このような景気回復を体感温度の上昇として実感できている人は必ずしも多くないとする向きもある。

 ただ、実質賃金の基となる名目賃金が総人件費を常用労働者数で割って算出されることからすれば、実質賃金が低下傾向にある背景には、常用労働者の増加というマクロ経済的に評価できる側面もあると考えられる。

 過去三回の景気循環を見ると、日本の景気が回復したのは、①2002年2月~2008年2月、②2009年4月~2012年3月、③2012年12月~の3回となる。

 今回の特徴としては、極端な円高・株安の是正と世界経済の拡大により需要が拡大して労働需給が逼迫し、それに従って雇用が大きく増えた。そして、名目賃金が増加していることや物価が上昇していることがこれまでと異なる点である。常用雇用者数で見れば、今回の局面では過去二回の回復局面をかなり上回る形で増加している。名目賃金が大幅に増加しているのも頷ける。しかし、実質賃金が大きく水準を下げている。

 この背景には、①消費増税等により消費者物価が上昇しており、名目賃金の増加が購買力の増加に十分に結びついていない。②増加した雇用者の中身を見ると、賃金が低い女性や高齢者の増加が目立つ。-こと等がある。実際、消費者物価が消費増税以降急激に水準を上げる一方で、実質賃金は過去二回の回復局面と比べて明らかに水準が低い。消費増税による家計の圧迫、労働参加率の上昇等の構造的な問題が重石となり、実質賃金の上昇が阻害されていると考えられる。

 このように、名目賃金の上昇以上に物価が上昇していること、女性や高齢者の労働参加が進んでいること等が実質賃金低下の原因となっている。

 しかし、実質賃金の低下の判断には注意が必要だ。実質賃金を判断する場合、一人当たり賃金で計る場合と、総賃金で計る場合では、評価も変わってくる可能性が高い。

 実質賃金とは、企業従業員に支払っている総人件費と従業員数に着目し、総人件費を従業員数で割って名目賃金を計測し、それを消費者物価で除して平均的な従業員の購買力を測る。ただ、実質賃金の元になる名目賃金では、景気が良くなり失業者が職につけるようになると平均賃金を押し下げる要因となり、マクロ経済的にプラスの要素が評価されない。また、景気が悪くなり平均賃金が低い労働者が職を失えば、マクロ経済的には悪いことだが、名目賃金の押し上げに作用してしまう。したがって、実質賃金を判断する際には、こうした特長にも配慮すべきだろう。(第209話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第188話)

第188話:景気後退瀬戸際の日本経済

 足元の経済動向について、筆者は非常に危機感を抱いている。背景には、10月の株価の下落速度がアベノミクス以降で見ると非常に大きかったことがある。

 実際2012年12月のアベノミクス始動以降の日経平均株価の月間下落率を大きい順に並べると、最大の下落幅を記録したのがイギリスの国民投票で予想外のEU離脱が決まった2016年6月であり、実にその次が2018年10月の株価下落である。つまり、2016年2月のチャイナショック第二弾、2015年8月のチャイナショック第一弾を上回る非常に大きな株価の調整が起こったことがわかる。

 こうした状況は、既に実体経済にも影響が出ている。事実、街角景気指数とされる景気ウォッチャー調査を見ると、現状判断DIが今年1月分から10か月連続で好不調の分かれ目となる50割れとなっている。また、経済成長率が鉱工業生産の変化率と関係が深いことから見れば、日本経済は2018年7-9月から2期連続でマイナス成長になる可能性も出てきた。実際、2018年10月分の生産予測指数の経産省試算値と同11月分の生産予測指数を基に、2018年10-12月期の前期比を機械的に計算すると、2018年7-9月期の前期比▲1.6%に続いて前期比▲0.2%と2期連続マイナスになると試算される。この結果に基づけば、既に7-9月期にマイナス成長となっている経済成長率が10-12月期もマイナスになる可能性もあり、非常に厳しい状況といえる。

 一般的に、景気がピークアウトしたことを簡便的に判断するには、経済成長率が2期連続でマイナスになったか、もしくは景気動向指数の一致CIや鉱工業生産がピークアウトしたか、等により判断される。こうした中、過去の景気回復局面と比較すると、このまま景気後退が認定されなければ、2018年12月には戦後最長の景気拡大期間となる73か月に並ぶことになる。

 一方、景気の現状を示す代表的な指標とされる一致CI・鉱工業生産指数とも昨年12月をピークに低下基調にあることからすると、今後もこの環境が続けば、景気後退時期に関する議論が盛り上がることになろう。なお、足元の景気動向に関しては、自然災害に伴う一時的な悪化と判断する向きもあるが、今後の景気動向を見通す上では、米国の金利上昇や保護主義の悪影響といった押し下げリスクが潜んでいることには注意が必要であろう。

 特に、米国の金利上昇に関しては、このままいけば来年前半中にもFFレートが中立金利を上回る可能性があり、米経済や新興国経済の足を引っ張るとみられる。また、米中貿易摩擦についても、年内に米中の歩み寄りがなければ、年明け以降は追加関税の幅が引き上げられることになっている。従って、国内の自然災害の影響も合わせて、今後の海外経済の動向次第で日本経済の景気後退局面入りの可能性が高まれば、来年10月に控える消費税率引き上げを先送りする理由になる可能性もあろう。消費増税の行方を見る上でも今後の景気動向からは目が離せない。(第189話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

さてこの度、永濱氏の書籍が出版となりましたので、ご案内させていただきます。何卒よろしくお願いします。

『エコノミストの父が子どもたちにこれだけは教えておきたい大切なお金の話』~自分の息子と娘のために語り下ろす「お金」の教科書~


〇教育現場でも中高生から経済学や投資の基礎知識などを教えるべき、という声が広がっているが、それ以前にもっと身近な「お金とのつきあいかた」を知るべきではないか、という思いを込めた1冊。

〇「クレジットカードの仕組み」「なぜカンタンにお金が借りられる?」「友だちとのお金の貸し借り」「ものの値段の決まり方」「バイト代や給料の仕組み」「お金がなくなったときどうすればいいのか」「お金を増やすことはできるのか」「無料はほんとうに得なのか?」「君たちもすでに税金を払っている」「修学旅行や部活にだって保険はある」など、中高生の日常に身近なことから「お金とのつきあいかた」を教える。

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