エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第163話)

第163話:脱デフレ宣言の幻想

 安倍政権は2012年の政権発足以来、デフレ脱却を政権の最優先課題としてきた。そして、安倍政権はデフレ脱却の目安として4指標を重視しているとされており、2018年1-3月期時点では3四半期連続でこの4指標が揃ってプラスとなった。具体的には、小売り段階の物価動向を示す①消費者物価指数に加えて、国内付加価値の単価を示す②GDP(国内総生産)デフレーター、国内付加価値あたりの労働コストを映す③単位労働コストの3つが前年同期比プラスとなった。また、国内経済の需要と供給のバランスを示す④GDPギャップも、需要超過を示すプラス幅が縮小するもののプラスは維持された。こうしたこともあり、政府は物価が持続的に下落する環境ではなくなっているとしている。

 ただ、2018年1-3月のGDPデフレーターは前年比ではプラスになったものの、前期比ではマイナスとなっており、低下トレンドが続いた格好となっている。背景には、原油価格など輸入価格の上昇で国内付加価値の単価が下がったこと等がある。従って脱デフレ宣言には、原油価格の上昇にも耐えうる購買力を確保するためにも、賃金が持続的に物価上昇率を上回って上昇する、すなわち実質賃金がプラスを維持できるかがカギを握る。

 そうした意味では、脱デフレ宣言に向けて最大の注目イベントが春闘であった。しかし、今年の春闘はやや期待はずれの結果となった。というのも、日本経済新聞社がまとめた2018年の賃金動向調査(一次集計:4月3日時点)によれば、平均の賃上げ率は2.41%と1998年以来20年ぶりの高い水準になったものの、政府の目指す3%には達していない。また、過去の賃上げ率実績と連動性の高い毎月勤労統計の所定内給与(一般)によれば、1998年度の上昇率は+0.8%にとどまっている。そうなると、過去の春闘賃上げ率と一般労働者の所定内給与の関係に基づけば、今年の名目賃金は+1%程度上昇すれば御の字といった状況だろう。

 つまり、今年の消費者物価上昇率が+1%程度の範囲内に収まれば、昨年2年ぶりに減少に転じた実質賃金は今年上昇に転じることになる。しかし、タイミングの悪いことに、昨年の夏から足元にかけて原油価格が上昇した。このため、直近となる2018年1-3月期の名目賃金は前年比で+1.4%の増加となったが、名目賃金を実質化する際に用いられる消費者物価指数(帰属家賃を除く総合)の上昇率がそれを上回る同+1.6%に達したため、実質賃金は同▲0.2%まで下落していることになる。

 過去の春闘賃上げ率と名目賃金の関係を見ると、少なくとも名目賃金が前年比+1%程度伸びるためには、春闘賃上げ率が2.6%近くまで到達しないと困難といえる。しかし、先の通り今年の春闘賃上げ率が最終的には2.4%程度に落ち着く可能性が高い。そうなると、恐らく今年も2年連続で実質賃金がマイナスになる可能性が高いだろう。従って、実質賃金がマイナスの状況が続く中では、年内に政府が脱デフレ宣言することは困難と言えよう。(第164話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第162話)

第162話:景気拡大と財政再建の両立に大きな課題

 長期金利はマイナス金利の影響で2016年3月からはマイナスに沈んだが、その後は日銀のイールドカーブ・コントロール導入により2016年12月からプラスに転じた後、現在は+0.0%台の水準にある。

 2016年9月から長期金利が上昇したのは、日銀がイールドカーブ・コントロールを導入したことと、トランプラリー等により景気が回復しそうだとの観測を反映した面が大きい。基本的に景気が良くなる期待が高まれば、物価上昇期待も高まり、金融緩和の出口の可能性が出てくるため、長期金利の上昇要因となる。

 ただ、近年では日銀のイールドカーブ・コントロール導入により日本と海外の間で長期金利の連動性が低下しており、海外の金利が国内の長期金利に及ぼす影響が小さくなっている。こうしたイールドカーブ・コントロールの枠組みは、世界経済が良いときは緩和効果が増幅されるが、世界経済が悪いときは金融引き締め効果にもなりうるため、金融緩和の効果を見通す上で海外の景気や物価、金利動向などの注視が必要だ。

 こうした中、日本の財政は深刻な状況にあるといわれている。経済協力開発機構(OECD)によれば、日本における一般政府(国と地方自治体など)の債務残高は名目国内総生産(GDP)比で200%を超え、主要先進国中で最大である。時系列で見ると、リーマンショックに伴う世界金融危機とともに急速に膨れ上がったことがわかる。

 ただ、新規国債発行額は2013年度以降減少に転じ、2018年度には33.7兆円まで低下する見込みだ。これは歳入面で企業収益増加により法人税収入が大幅に増えて税収が増加したことに加え、歳出面では社会保障の効率化効果が表れたためである。

 財政破綻を回避するには、名目GDP比で上昇が続く政府債務残高の持続的な上昇を止める必要があり、政府は2025年度に国と地方の基礎的財政収支の黒字化目標を先延ばした。基礎的財政収支とは、債務返済や利払い費を除いた歳出と、国債などの借金を除いた歳入との収支を指す。

基礎的財政収支が均衡すれば、その年の政策に必要な経費を税収で賄え、必要な公債発行は過去の債務の元利払いに充てる分だけになる。さらに名目GDP成長率と債務の名目金利の水準が等しくなれば、債務残高はGDP比で一定となる。

 2018年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支は当初予算ベースで約10兆4000億円の赤字となっている。これをもって、日本の財政は依然永続的に維持できる状況になく、赤字解消のために歳出削減や増税が必要であるとする向きもある。ただ、歳出削減や増税は景気を抑制する効果があり、現在のように先行き不透明感が高まっている中での増税は、税の大幅な自然減収に結びつく可能性もある。

 事実、日本は橋本政権時の1997年に景気が底割れし、増税にもかかわらず財政構造改革自体が頓挫した経験を持つ。同じ過ちを繰り返さないためにも、政府は景気動向を慎重に判断し、景気拡大と財政再建が両立するような政策運営が求められる。(第163話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第155話)

第155話:疑わしい戦後2番目の景気拡大

 景気の変動は経済の好不調により波を伴い、景気が谷から山を経て次の谷に到達するまでが一つの循環とされている。景気の山谷は、正式には、内閣府が景気動向指数をもとに基準日付を認定しているが、鉱工業生産の動きで大まかに確認できる。このため、鉱工業生産を公表する経済産業省の『鉱工業統計』は、製造業部門の生産動向を捉える月次の統計として重要度が高い。鉱工業生産から景気の山谷が確認できるのは、短期的な経済循環が製造業の在庫変動によってもたらされるためである。

 アベノミクス以降の鉱工業生産指数によれば、日本経済は2014年2月から2年程度調整を続けてきたが、景気後退局面とは認定されたかった。このため、一部の専門家の間では、2012年11月を谷とする戦後二番目の景気拡張期の判断は疑わしいとされている。

 企業の生産活動がなぜ景気循環をもたらすのかについては、企業の最大の目的が利益を極大化することと関係している。つまり、ある製品の需要が今後伸びると考えれば、販売の機会を失わないために生産を売上以上に増やして在庫を積み増す。しかし、景気の悪化などにより先行きの需要が衰えると考えれば、生産を売上よりも大きく減らすことで需要の減少に見合う水準まで在庫を減らす。こうした生産・出荷・在庫の関係が景気の波を発生させることになるのである。

 経済産業省の『鉱工業指数』では、生産、出荷、在庫、在庫率それぞれの指数が公表される。中でも、出荷指数は需要者別の需要を把握するのに適しており、特に資本財出荷指数などは設備投資の関連指標として用いられている。また、在庫率指数は出荷数量に対する在庫水準の割合を指数化したものであり、製品の需給環境が反映される。従って、同指数が上昇すれば需要見合いで在庫が積みあがる目安となり、先行き生産の調整を招くと判断され、在庫率指数は生産指数に対して逆相関して先行する傾向がある。

 専門家の間では、こうした在庫循環の動向をより明確に判断するために、出荷と在庫の前年比伸び率の差をとった出荷在庫バランスという指標が使用される。そして、特に明確な在庫循環をする電子部品・デバイスの同指標が景気の先行きを把握するために有効とされている。これまでの、電子部品・デバイスの出荷在庫バランスを見ると、過去の景気回復局面の間の景気の盛り上がりは、主に五輪とサッカーW杯に伴う電子部品の増産により引き起こされてきており、この経験則に従えば、冬季五輪とサッカーW杯が開かれる2018年前半までは生産活動が盛り上がることになる。

 しかし、近年では電子部品の用途がスマホやデータセンター、産業用ロボット、自動車向け等に多様化していることからデジタル家電需要と出荷在庫バランスの関係は低下しており、これまでの経験則が通用しにくくなっている。一方、今年前半は米国で大型減税が始まる等、米国経済が加速する観測が強まっている。こうした状況を勘案すれば、米国経済が堅調に推移して輸出が好調さを保つことから、国内景気も早期に後退局面入りする可能性は低いように見える。(第156話に続きます)

永濱 利廣 氏

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経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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