清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第89話)

第89話:「きかくしょ」の意味変化は、マーケティングの進化でもあります。

 日本にマーケティングが紹介されて、すでに半世紀以上の時が流れました。その間に企業はさまざまなモノを生み出し社会に提供してきました。モノが不足状況の社会にあっては、同質的な商品を大量に提供することが企業の成長を約束していました。「標準・単純・専門」を合言葉に、大量生産・大量販売の仕組みが模索され、決められたことを決められた通りに実行することが、企業経営の根幹でもあったのです。そこにおける「きかく」はまさに「規格」。当たり前のことが行われるような処方が生み出されていった時代です。「きかくしょ」も「規格処」の字が充てられるでしょうか。

 時移り、モノが溢れる社会になると、不要なものはそぎ落とす、捨てる技術が注目されるようになります。言葉にはならないものの、自分の好みにあったモノを求めたいとする心理が一段と高くなっていきます。ましてやこれからは、モノに対して自らの識別眼を振りかざす多くの熟年層が登場してきます。自分規格に合わないものは排除するマインドです。決められたものを、決められた通りにつくれば善しの「規格」ではなく、細やかなニーズに適応し得る「企画」が必要になります。「企画」は読んで字のごとく「企て:発想や考え」を「画す:表現する」行為です。考えたものをどのように現すにしても、他者との意味交換がなされなければ提供者の意図は通じません。考えを表現する「書き(描き)物」が必要です。「きかくしょ」は「企画書」なのです。

 更に現在、人口減少が注目されています。特定の集団を対象にした市場の考えに止まらず、一人ひとりの個別的なニーズへの適応が要求されるようになってきています。モノをつくる企業サイドだけの考えを押し付けることが出来なくなってきているのです。使用者・消費者と共に何かを生み出す仕組みや場が必要です。語り合い、生み出す場。「企画所」とでも文字が充てられる創造の場が、現在の企画そのものではないかと思います。(第90話に続きます)

清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

books

清野裕司氏の書籍はアマゾンページからご購入いただけます。

(写真をクリックしていただくとアマゾンページに移動します)

清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第88話)

第88話:自己調律する力が弱くなっているように思います。

 親に注意されたことに腹を立て自宅に放火をしたり、祖父母を殺害するといった、聞くに堪えないニュースが多く飛び込んできます。その昔も、親兄弟のいさかい話はありましたが、そのいくつかは家の財産に絡んだ、人間の金銭欲を現したものが多かったような気がします。しかし最近は、何とも短絡的な感情の変化による突発的な行為であることが多いのが気になります。

 なぜこれ程までに、われわれの暮らしのテンポや思考の回路が、瞬間湯沸かし器的なものになってしまったのでしょうか。自分自身の思考の枠を超えたものに対しては、その時点で考えることを停止し、今の自分の思考範囲でのみ物事を判断しているように思えます。その場での耳の痛い指摘は、自分自身の思考の幅を広げるきっかけになるものです。瞬間的に「○×」の二者択一的な判断ではなく、心に留め置いて徐々に自分の解釈を広げていけば、それだけ、ものの見方や考え方にも幅が出てくるものを、折角のチャンスを捨て去っているようなものです。

 人の暮らしは、さまざまな縁が結び合って出来ています。親子の縁は上下の関係。友人・知人の八方に広がる左右の縁。それらの関係のとり方に多様性が乏しくなっているようにも感じます。関係の薄さと共に、広がりの狭さが気になります。「親が子を思い、子が親を思う」お互いの思い遣りの薄さ。その場その場での心の響き合いだけを求め、ある瞬間に起きる不協和音をことさらに嫌う友人関係。どの場面をとっても思考が短絡的です。

 生きることは、瞬間瞬間の変化の積み重ねではありますが、かといってすべての時が自分自身を心地よく包んでくれるわけではないでしょう。不協和音を調律するのも、自分自身です。相手を思いやる心は、長い時の流れの中で徐々に育まれるもの。もっとゆったりと、自分を調律出来る社会でありたいものと思う日が多くなりました。(第89話に続きます)

 

清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

books

清野裕司氏の書籍はアマゾンページからご購入いただけます。

(写真をクリックしていただくとアマゾンページに移動します)

マーケティングで問われるのは多様な「のう力」である。

第1回: マーケティングで問われるのは多様な「のう力」である。

〇 ビジネスの環境は変わろうとしている。

〇 マーケティング実践に求められる「のう力」の幅が広くなってきていることを認識しなければならない。

nouryoku01

ビジネス「のう力」を考えてみた。

一般的にみれば、ビジネス体験を積み重ねていくと、顧客との関係も徐々に深まり、業界の知識を身に付け、更なる成長への推力に火を点ける時ですが、往々にしてビジネスの曲がり角にさしかかる時でもあります。

その大きな問題は、何事につけ「つもり」に陥ることにあります。「つもり」を打破するにも多様な「のう力」のアップ=「ビジネス・センスアップ」が求められます。

今、マーケティング・ビジネスに求められるのは、効率を高める「能力」に限るものではありません。(第2回に続きます)

 

清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

books

清野裕司氏の書籍はアマゾンページからご購入いただけます。

(写真をクリックしていただくとアマゾンページに移動します)

清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第87話)

第87話:物言わずとも語りかけてくるモノがあります。

 実に多くの商品に囲まれて生活しているということを、ふと実感する場面があります。家に居るときには感じないのですが、近くのスーパーや家電量販店に行き、自分の求める商品を探している時。また、ちょっと喉が渇いたので自動販売機で飲み物を買おうと機械の前に立った時。これほどまでに、似た商品が多種類あるのかと、ため息が出ることすらあります。

 マーケティング・スタッフとして多くの商品やサービスの中から、自分たちの生み出したものの差別的優位性をいかに伝え、いかに理解・納得されて購入してもらえるかを常に考える者としては、これだけ溢れかえった商品の中で、有意な差を示すことの難しさを実感する時です。しかし、多くの商品が並んでいる現実を、じっと見詰めていると、中にはこれは売れないだろうなぁ・・・と思わせるものがあります。どこが悪いというわけではないのですが、何となく訴えてくる力を感じない。ただ何となく棚に並んでいる。話しかけることもなく物静かなのです。それでは、手ののばしようもありません。

 一方できらきらと輝いて見えるものがあります。決してテレビ・コマーシャルで賑やかに自己主張しているわけではなく、新聞や雑誌に自分の姿をさらけ出しているわけでもないにもかかわらず、何かを話しかけてくるのです。パッケージのデザインがそのように見えることもありますし、周りに飾られた陳列レイアウトもあります。そして、そのときの状況にあった登場感も。要は、そのモノの持つ存在感です。その折には不要なものでもつい購入していることがあります。

 一方、最近のデパートでは、商品は物静かなのですが、取り巻きの販売担当者がモノを言います。しかも、相手である顧客を無視した一方通行の物言いです。もう少し、静かにしてもらえないかと思うとき。人が物言わずとも、存在感のある商品は、自ら声を発しているのですから。(第88話に続きます)

 

清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

 

books

 

 

 

清野裕司氏の書籍はアマゾンページからご購入いただけます。

(写真をクリックしていただくとアマゾンページに移動します)

 

 

清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第86話)

第86話:「広告新聞」を見て、新聞の役割は何かを考えました。

 ある日の午後の出来事。その日の夕刊は、一面の一部を斜めに読んでそれ以外は全く眼を通しませんでした。どの紙面を見ても、これ見よがしに同じメーカー、同じ商品の広告が続いたからです。新聞とは何か。新しい情報にゆっくりとアクセスして、自分なりの所感を多くの事実から読み解こうとする時もあれば、娯楽やスポーツのコメントにひと時のやすらぎを感じることもあります。しかし、当日のそれは購読者の自由な意志を全く無視した紙面でした。

 広告がこの世に不要と思ったことはありません。心が豊かになることがあります。ものごとを考える糸口を教えてくれることがあります。そして何より、今までに知ることの無かったモノやサービス、そして場所や人を教えてくれます。低廉にして深みのある情報を提供してくれるメディアであり、最近の若者が新聞を定期購読しない傾向が高まっていることに、残念だと思ったこともあります。

 しかし、余り美しくイメージを広げすぎていると、しっぺ返しがあるもの。

 一社一商品の広告が占拠した新聞では、新しいことを聴こうとの思いにはなりません。眼で字を追い、字の刺激から自分の脳の記録が書き換えられていくのであれば、眼で聴くメディアを今の時代の中から自由に選択すれば良い、ということを教えて貰ったような気がします。じっくりと眼で読んでいても、周りの広告の色や文字が自然と眼に入ってきます。邪魔である。静寂な空間上の時間のやり取りに対して、苛立ちすら感じさせる景色になってしまいます。

 新しさを集中的に説明しようとして、トライアルの需要を刺激しようとする施策に反論があるわけではありません。しかし、紙面を制覇したような顔つきの商品と、その状況を甘んじて受け容れている新聞の顔が良くないと思います。新しさを紹介した商品。少なくとも、私はその登場の場面で既に嫌気がさして、どこで出会っても買おうとは思いません。(第87話に続きます)

 

清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

 

books

 

 

 

清野裕司氏の書籍はアマゾンページからご購入いただけます。

(写真をクリックしていただくとアマゾンページに移動します)