エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第72話)

第72話:参院選の争点

 7月10日投開票の参院選が公示され、与野党の公約が出そろった。民進党の公約ではアベノミクスを「富とチャンスが偏り、人々の能力の発揮や個人消費が阻まれている」とし、教育や職業訓練など人への投資による長期的な成長を重視するとしている。一方、自民党は脱デフレ実現に向けてアベノミクスの加速を掲げているが、成長と分配の好循環も強調している。このため、保育士の待遇改善や教育費の軽減、最低賃金引き上げや格差是正等に関しては与野党で同種の公約が出ており、社会保障政策は参院選の争点になりにくいだろう。ただ、いずれの公約も日本経済の構造改革で最も進捗が遅れているとされる労働市場改革に踏み込めていないのは残念だ。秋の臨時国会で、長年の課題である解雇規制緩和や外国人労働者活用促進の議論が加速することが期待される。

 こうした中、経済政策で注目されるのがマイナス金利に対する与野党のスタンスの違いである。自民党はリニア中央新幹線の大阪開業前倒し等の分野でマイナス金利を活用した超低金利活用型財政投融資を早急に具体化し、今後5年間で官民合わせて30兆円をめどに事業規模を確保するとしている。一方の民進党は、これまで日銀の独立性を強調してきたことからすれば違和感があるが、マイナス金利の撤回を掲げている。マイナス金利に対する反発は、現在のところ金融市場が中心となっているが、参院選を機にその反発が国民にまで波及するかどうかが注目される。

 またTPPに関しても、与党は農林漁業者の不安を払しょくして経営発展を後押しする一方、民進党は重要5品目の聖域が確保されていないこと等を理由に、今回の合意には反対している。TPP関連法案については9月後半に開催が予想される臨時国会にて審議が進むものと予想されるが、参院選におけるTPPの議論次第では、参院選後に編成予定の第二次補正予算で含まれることが想定されるTPP対策のメニューに影響を及ぼす可能性があろう。

 他方、憲法改正については、自民党が衆参の憲法審議会の議論を進めることで国民の合意形成に努めて改憲を目指す一方、民進党は新しい人権など未来志向の憲法を国民と構想するとして9条改正に反対している。ただ、こちらの議論が盛り上がれば、経済政策に関する議論が置き去りになる懸念があることは注意が必要だろう。そもそも、安倍首相が掲げたアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。しかし、仮に参院選で大勝して憲法改正を優先的に取り組むとなってしまうと、経済政策が後手に回り、株価も下落という、あってはならないシナリオの懸念が高まることも想定しておく必要があるだろう。(第73話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第60話)

第60話:憲法改正を優先し、経済を軽視し始めるリスク

 消費増税以外に考えられる国内のリスクは、安倍首相が在任中に是が非でも成し遂げたいと切望していると噂されている安全保障強化のための憲法改正を優先してしまうことである。

 今年2016年の夏には参議院選挙が予定されている。安倍政権は、発足当初からデフレからの脱却を政権の第一の目標に掲げているため、おそらく、安倍首相も参議院選挙までは経済に軸足を置かざるを得ない状況が続くのではないかと考えられる。

 今年の参議院議員選は、既に衆議院を解散して衆参ダブル選挙になるのではないかと噂が出ているが、もしそこで衆参両院で圧勝すると、いよいよもって、自身の念願だった憲法改正に進んでいく可能性が出てくる。

 そうなると、経済政策が後手に回り、株価も下落という、起こっては欲しくないシナリオの懸念が高まる。

 また、夏に参議院選挙を控えている安倍首相にしても、この段階までには何としても景気を浮揚させ、かつ物価が上昇気流に乗るように何らかの策を講じてくることが大いに考えられる。

 では、現状の日本経済は、デフレ脱却にどこまで近づいてきているのか。データを確認すると、国際通貨基金(IMF)は、デフレを「少なくとも2年間継続的に物価が下落する状態」と定義している一方、デフレ脱却に関しては明確な定義を示していない。

 そこで、日本政府は独自に、消費者物価、GDPデフレーター、需給ギャップ、単位労働コスト(ユニット・レーバー・コスト)の4つの指標全てが、前年比プラスになることをデフレ脱却の定義として置いている。

 現状では、消費者物価とGDPデフレーターに関してはすでにプラスに転じているが、需給ギャップはまだ明確にマイナスのままとなっている。

 微妙なのが単位労働コストで、これは日本の家計が受け取っている雇用者報酬を実質GDPで割ったものであり、現段階ではプラスだが、今後景気が良くなって実質GDPが増えれば、マイナスになってしまう可能性もあるため、まだ判断はしかねる状況である。実は、この指標は分母である実質GDPが下がる、つまり景気が悪くなっても指標自体はプラスになってしまうので、私の個人的な意見としては、デフレ脱却を判断する材料としてはあまりふさわしくないと考えている。

 そもそも、安倍首相が掲げたアベノミクスの最大の目的がデフレからの脱却である。しかし、仮に参議院選挙で大勝利を収め、経済よりも憲法改正を優先的に取り組むとなってしまうと、いろいろと難しい局面を迎えることになるだろう。(第61話に続きます)

 

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所

経済調査部 主席エコノミスト

永濱利廣

 

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nagahama20161011企画提案、事後報告、業界予測──。自分のやりたい仕事を通すには、わかりやすさと説得力を兼ね備えたレポートをつくる力が欠かせません。でも、多くは「表やグラフを多用しすぎ」「論旨が脱線」「とにかく長い……」など、“残念なレポート”になってしまっています。長年、業界のプロや一般読者を対象に“読ませるレポート”を作成してきたエコノミストが、どんなレポートも見違える大原則を公開します。