エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第144話)

第144話:消費を抑制するシニア世代と若年層

 社会保障給付費を見るには3つの項目が重要となる。一つは高齢者比率が高まれば受給者が増加することから支給額が増加するとされていた「年金」である。しかし2015年度の年金給付額は56.5兆円と見通されていたが、実績はそこから1.6兆円減の54.9兆円にとどまった。また高齢化が進むほど医療機関にかかることが多くなると言われていた「医療」給付費は、2015年度見通しの39.5兆円から実績は1.8兆円減の37.7兆円まで減少した。更に、高齢化が進めば進むほど介護費用も必要になると言われ2015年度見通しの「介護」給付費は10.5兆円とされていたが、実際はそこから1.1兆円減の9.4兆円にとどまった。以上より、ただでさえ2014年の消費増税に伴い家計部門に8兆円以上の負担増がのしかかった上に、年金給付の特例水準の引き下げやマクロ経済スライド実施、経済好転による失業給付の減少等により、社会保障給付費は見通しより4.9兆円も下振れていることになる。

 ということは、特に社会保障給付の減少分は主に給付を受ける中心となるシニア世代の懐に大きな影響を及ぼしていることになる。そして、シニア世代を中心とした家計の可処分所得が減れば、個人消費も減ってしまう。個人消費はGDP最大の需要項目であるため、このように個人消費が抑制された状況が続くことは、経済成長の大きな障害となる。

 一方、米国では2009年の研究で、高校や大学を卒業してしばらくの間に不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えることが明らかにされている。これが日本にも当てはまると考えるのが自然だろう。

 実際、各世代別の消費性向を比較すると、若い世代ほど消費性向が低くなる傾向が見て取れる。若年層ほど財布の紐が固いため、将来に亘って現役世代の消費は抑制され、今後は厳しい消費環境が予想される。そして、これ以上国内消費市場が縮小するとなれば、企業はこれまで以上に海外で収益機会を求める必要に迫られるだろう。これは我々の子どもや孫たちの国内での雇用機会が失われることを意味することにもなりかねない。

 特に40代前半以下の世代は、バブル期における大量の新卒採用後の企業業績の悪化により、就職氷河期で厳しい雇用情勢を経験した。経営が安定している大手企業に一旦正社員で就職すれば、日本では正社員を解雇しにくいという特有の雇用慣行があるため、後の世代にしわ寄せが行くというのが、この教訓だろう。この世代は「ロストジェネレーション」と呼ばれ、保守的な傾向が強く、消費性向が低い特徴がある。そして、今日に至るまで、景気が悪くなるたびに企業の新卒採用計画は縮小を繰り返してきた。

 多かれ少なかれ、今後の日本経済を担う30代以下の世代が、たとえ無意識にでもお金を使わないほう、使わないほうへの流れがちなのはこのためである。物心付いてからずっと平成不況だったことから、経済環境がこの世代の価値観に何らかの影響を及ぼしていると思われる。染み付いた価値観は簡単には替えられない、ということだろう。

 このことを考えれば、失われた20年を経験した我が国の個人消費は、当面厳しい状況が続くことを覚悟しなければならないだろう。(第145話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第143話)

第143話:家計支出が低迷する理由

 個人消費が順調に拡大することによって、景気は自律的に拡大し、安定した経済成長を実現することができる。しかし、誰が見ても日本の個人消費が低迷を続けていることは明らかである。しかも、日本のGDPの少なくとも6割弱は個人消費が占めており、最大の項目になっている。GDPの7割以上を個人消費が占める米国と比べれば、日本では個人消費が経済に与える影響は大きくないかもしれない。しかしGDPの最大項目ということは、日本経済を見る上で個人消費が最も注目度の高い需要項目の一つであることを意味している。

 ここで、これまでの我が国の個人消費を振り返ってみよう。GDPの個人消費は単純に金額を集計した名目値のほかに物価の変動分を調整した実質値があり、どちらを見るかで印象は異なるが、ここでは単純に名目個人消費の変化率を見る。80年代に年平均+6%の拡大をしていた個人消費は、90年代以降は年平均+1%台に低下した。これは、いわゆるバブル崩壊の影響によるものだが、それでも先行きの安定的な所得増加が期待されていたことから、90年代半ばまでの個人消費は安定的に増加し、景気を下支えしてきた。この背景には、終身雇用・年功賃金という日本的な雇用慣行があった。

 ところが、90年代後半から個人消費の拡大テンポは大きく鈍化し、98年には統計開始以来始めてマイナスに転じた。97年末に企業の大型倒産が相次ぎ、企業の大規模なリストラが断行されたためである。安定した雇用慣行が崩れ、家計の所得の伸びが鈍るという状況に直面すれば、家計が消費を減らすのも当然の成り行きと考えられる。つまり、家計の雇用・所得環境の将来の不確実性が高まったことが原因といえる。

 可処分所得の伸びが低下すれば、個人消費の伸びも低下することになる。なぜなら、可処分所得というのは、額面の収入から税金や社会保障費を除いた手取りの収入の合計で、家計が自由に使えるお金の基準となるからである。また、家計の額面収入は就業する企業の業績に左右されることから、企業業績が変動すると世の中の個人消費も影響を受ける。

 以上より、個人消費の動向は雇用と所得環境で決まることがわかる。また、先行きについても安定的な雇用や所得の増加が予想されれば個人消費は増える。このため、家計の可処分所得が増えると、個人消費も増えることになる。逆に言うと、可処分所得が減ると個人消費も減ることになる。つまり、家計の可処分所得と個人消費は正の相関関係にある。

 このように、家計の可処分所得が増加すれば、個人消費が増えやすくなることは理解しやすいだろう。しかし、同時に重視すべき問題は、将来の社会保障のための行き過ぎた消費増税や社会保障の効率化も消費を抑制するということである。(第144話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第95話)

第95話:GDPの問題点と改革案

 多くの民間エコノミストは、GDP速報の問題点として1次速報から2次速報への改訂幅の大きさを挙げている。実際、一次速報から二次速報への改定幅の大きさを確認すると、実質GDP成長率のかい離幅は2002年以降の平均で0.8ポイントとなる。特に、2014年7-9月期は一次速報と二次速報で成長率の符号が逆転した。この時は2014年4-6月期がマイナス成長であったため、二期連続マイナス成長を景気後退の定義とするテクニカルリセッションとなるか否かのタイミングだった。その時点で成長率の符号が逆転したことが、市場関係者の不満をより高めている。現行の推計方法に基づくGDP速報は景気判断を行う指標として重大な欠陥を抱えているといわざるを得ない。

 こうしたかい離の主因は、2次速報で法人企業統計季報の情報が加わることで、設備投資と民間在庫の推計値が大幅に修正されることである。そもそも法人企業統計は、資本金一億円未満の抽出率が低く回答率にもばらつきがあるため、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、サンプル替えの際に調査結果に連続性が損なわれることや、公表時期が遅いという問題がある。この背景には、資本金1000万円以上の営利法人における財務諸表を広範に調査していることがあろう。

 家計調査の改善策としては、今後はよりマクロの消費動向をとらえやすくすべく、例えば調査項目を限定してサンプルを拡大した家計消費状況調査をメイン指標とし、家計調査をサブ指標として取り扱うことが考えられよう。総務省は2001年10月より約3万世帯を調査対象とした大サンプルの高額商品購入調査として『家計消費状況調査』を開始し、2002 年から公表している。これは、調査項目を高額商品・サービスへの支出やIT 関連消費支出に限定する代わりに調査世帯を拡充することにより、消費動向を安定的にとらえることを目的としている。市場での認知度は低いが、日本銀行等では個人消費の需要側の統計として家計調査よりも消費の実態を表していると見ており、家計消費状況調査を重視している。しかし、家計消費状況調査がGDPの個人消費の推計に反映されるのはごく一部であり、かなりの部分は家計調査が使われることからすれば、GDPの実態も統計から乖離している可能性があるといえる。従って、GDP速報の推計についても、もし需要側からの推計を継続するのであれば、統計精度の維持・向上を図る観点から可能な限り家計消費状況調査の結果を活用する等の改善策を検討すべきである。このように、個人消費の実勢を判断するには、家計調査よりもサンプル数が多く安定的な動きをする家計消費状況調査をメイン指標として見ることが重要といえる。ただ、問題なのは、調査対象世帯が多くデータ収集にも時間を要する等の理由から、速報の公表時期が当該月の翌々月上旬と遅い。このため、現在の当該月の翌月下旬となっている家計調査の公表時期を遅らせる等して、家計消費状況調査の公表を現在の家計調査並に早めるべきであろう。更に、家計消費状況調査については、実質値や季節調整値が無い等、データが充実しておらず、消費のメイン指標としては物足りない。従って、メイン指標とするにはデータを拡充することが求められよう。(第96話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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第一生命経済研究所
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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第71話)

第71話:予想される個人消費の拡大策

 参院選後に編成予定の第二次補正予算のメニューについては、消費税率引き上げ後の個人消費の低迷がリーマンショック後以上に長引く中、3月24日に開催された平成28年第4回経済財政諮問会議において、民間議員がGDP600兆円の実現に向けて「消費の持続的拡大」と題して提案された内容も参考になろう。

 この提言では、消費の持続的拡大として、包括的な取り組みを進めるべきとしている。柱が「輝く希望の実現」であり、働きたい、働く時間を増やしたいなど、希望通り働くことができない状況にある約920万人の要望に応えることを目指す。そして、これが実現されれば、10-14兆円程度の所得増と消費拡大が実現できるとしている。

 具体的には、アベノミクスの成果を活用して就業促進や人材投資、多様な働き方改革、待遇改善を進めるメニューが並ぶ。中でも注目のメニューは、負担減のため働く時間を抑える「年収130万円の壁」の克服や長時間労働の抑制と有給休暇取得の促進が挙げられよう。また、健康増進・予防サービス分野や子育て・介護サービス、まちづくり、インバウンドを含む国内外旅行、TPP市場、シルバー市場など有望分野のイノベーションや規制改革を通じて、国民が求める新たな財・サービスを生み出すとしている。ここでの注目メニューは、プレミアム付き商品券や旅行券発行、地方乗り入れの格安航空会社やクルーズ船の発着拡大などが挙げられる。

 ただ、消費喚起策のメニューだけで事業規模を6兆円以上にするのは困難であろう。従って、実際に打ち出される補正予算については、消費喚起策に加えて公共事業の支出増が加わる可能性が高い。具体的には、訪日客が乗り入れる空港やクルーズ船が停泊できる港湾等の整備に加えて、リニア新幹線の延伸時期の前倒し、熊本、大分県の地震被害の復旧・復興や老朽化インフラの大規模な改修工事等のメニューが加わることが予想される。

 なお、公共事業に関しては建設業界の人手不足の深刻化により工事が予定通り進まないと懸念する向きもある。しかし、国土交通省の建設労働需給調査によれば、建設技能労働者の過不足率は2014年度以降急速に不足率が縮小している。従って、これまでのアベノミクス下における補正予算に比べれば、GDPの押し上げ効果は高まる可能性がある。政府は当面の景気を下支えするために16年度予算を前倒しで執行するとしており、通常であれば16年度後半にはその反動減が懸念されるが、この反動減の部分を今年度補正予算における景気対策により相殺することが期待されよう。

 いずれにしても、事業規模は今後の金融市場の動向に大きく左右されることが想定される。(第72話に続きます)

永濱 利廣 氏

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