エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第159話)

第159話:景気回復しても恩恵少ない「中小企業」 なぜ、所得は増えないのか?

 財務省の法人企業計季報によると、全産業の経常利益は2012年度から増加が続いており、2016年度までに63%近く拡大した。ただ企業規模別に見ると、資本金10億円以上の大企業ではバブル期の2.3倍にまで経常利益が拡大した一方、資本金1千万円以上1億円未満の中小企業では同1.5倍程度にとどまっている。

 こうした収益格差拡大には、経済のグローバル化が大きく関係している。特に、新興国や資源国の台頭は世界経済の成長拡大をもたらし、海外需要の増加を通じて日本経済への追い風となった。大企業を中心に国際分業体制や販売市場のグローバル化が進んだことにより、大企業の業績に恩恵が及んだ一方で、国内需要に対する収益依存度が高い中小企業はグローバル化の恩恵を大企業ほど受けていない。

 さらに、原材料価格や人件費の上昇が中小企業により大きなダメージを及ぼした可能性がある。一般に中小企業は大企業より価格交渉力が劣り、原材料や人件費上昇に伴うコスト増を製品価格に転嫁することが難しい。また、大量一括仕入れや下請けへのコスト削減要求ができる大企業に比べ、中小は仕入れコストの抑制も困難である。経済のグローバル化や労働需給のひっ迫等による様々な要因が、大企業と中小企業の収益格差を拡大させている。

 こうした中、企業活動によって生み出された付加価値のうち、賃金などの人件費に回った割合を示す「労働分配率」を見ると、全産業の労働分配率は、2008年度をピークに低下に転じ、2016年度時点まで低下傾向にある。

 しかし、これを企業規模別に見ると、大企業では労働分配率が2008年度から8%ポイント程度低下する一方、中小企業では同6%ポイント程度の低下にとどまっている。特に大企業の低下は、新興国の安価な労働力との競争や配当の増加等により、業績の伸びに対して人件費が上昇しにくくなっていることが指摘されている。

 一方、中小企業の低下幅が少ないのは、中小企業の付加価値の伸びが相対的に低いことや、人手不足による人件費の圧迫等によるものとみられる。付加価値が大企業ほど伸びない中で、労働需給のひっ迫により人件費の抑制が困難となり、企業業績が拡大している割に中小企業の人件費負担感が低下していないことを意味している。

 他方、企業規模別に労働者の人員構成を見ると、大・中堅企業が占める割合が上昇する一方、中小企業の割合が低下傾向にある。それでも2016年度時点で、資本金1千万円以上の企業(金融機関を除く)のうち、中小企業が総人員の61.2%を占める。したがって、大企業を中心に業績が回復しても、家計の所得が増えにくい構造になっている。

 所得を増やすには、多くの雇用の受け皿となっている中小企業が業績を向上させ、多くの働き手の賃金を増やすことで国内需要を活性化することが必要だろう。現在のような大企業と中小企業の二極化が今後も進行すれば、景気回復が持続しても、その恩恵は大企業中心となり、結局は景気の実感が伴いにくいことが懸念される。(第160話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

さてこの度、永濱氏の書籍が出版となりましたので、ご案内させていただきます。何卒よろしくお願いします。

『エコノミストの父が子どもたちにこれだけは教えておきたい大切なお金の話』~自分の息子と娘のために語り下ろす「お金」の教科書~


〇教育現場でも中高生から経済学や投資の基礎知識などを教えるべき、という声が広がっているが、それ以前にもっと身近な「お金とのつきあいかた」を知るべきではないか、という思いを込めた1冊。

〇「クレジットカードの仕組み」「なぜカンタンにお金が借りられる?」「友だちとのお金の貸し借り」「ものの値段の決まり方」「バイト代や給料の仕組み」「お金がなくなったときどうすればいいのか」「お金を増やすことはできるのか」「無料はほんとうに得なのか?」「君たちもすでに税金を払っている」「修学旅行や部活にだって保険はある」など、中高生の日常に身近なことから「お金とのつきあいかた」を教える。

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第90話)

第90話:日本経済の懸念材料と中小企業の成功事例

 来年の春闘が、このままだと結構厳しい可能性があるとの見方がある。春闘の賃上げ率は、①前年の企業業績、②人手不足感、③物価上昇率に影響を受ける。特に物価上昇率が、大きな決定要因になっており、物価が上がっていれば、それだけ従業員の生活水準を維持するために賃上げの要請がしやすい、ということになる。実際の物価はこれまでの円高の影響で今期のインフレ率や業績はそこまで期待できない。労働需給だけは、失業率が3%まで下がって逼迫しているが、再度為替レートが円高に転じてしまえば、来年の賃上げ率が下がる可能性もある。

 一方、これまでのように消費が減り続けていくという局面は脱し始めてきている。従って、いかに個人消費の耐久財買い替えサイクルが持続している間に、円高がある程度是正されて、企業マインドが戻ってくるかというところにかかっている状況だといえる。

 こうした中、日銀短観によると、特に製造業で業況が良いと答える企業の割合を見ると、大企業よりも中小企業の方が多いことがわかる。これは、中小でも好業績を上げている企業が多いということを示している。

 こうした中小企業成功のトレンドには大きく二つある。一つ目がITの導入である。大企業はIT導入済で改善の余地は少ないが、中小企業はクラウドサービスを導入して業務効率化することにより、収益拡大に繋げる成功事例もある。

 二つ目が、特に中小企業であれば単独だとなかなか厳しい中で、企業間ネットワークを形成して、成功をしているというのが最近のトレンドである。例えば大阪のネジ卸の会社は、中小企業4社でネットワークを形成し、受注から出荷まで、部品の一貫生産を可能にし、完成部品を短期で納品できる仕組みを作って、事業化に成功している。

 また、イノベーションまで行かなくても、端的に販路開拓で成功しているケースも最近目立つ。ここには、①グローバル展開、②ITの有効活用、③デザイナーの有効活用、とポイントが三つある。

 大阪にある土鍋を作っている会社では、デザイナーと連携した新しいデザインの商品を開発して、フランスの見本市に出展して評価され、それがネットで広がり、他の海外や国内でもネット通販で販路獲得に成功している。デザイナーがポイントになっている背景としては、日本特有の文化風潮もあり、デザイン性や芸術性とか他には真似できないものがあるため、こうした部分をいかに有効活用できるかが勝負の分かれ目だと考えられる。

 最後に、日本でも地方に行けば地方に行くほど、人材不足や定着の問題があり、それに対する決定打はない。しかし、面白い取り組み事例もある。広島では、NPO法人や自治体や商工団体で組織し、中小企業間で人材のローテーションを行っている。人手の過不足を補完するだけではなく、様々な経験をさせて将来を担う人材を育成する取り組みであり、参考になるのではないだろうか。(第91話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

エコノミスト永濱氏の新刊も是非お読みください。
60分でわかる「マイナス金利」
第一生命経済研究所
首席エコノミスト:永濱利廣(監修)

mainasu2016年1月29日に日銀の金融政策決定会合で決定され、2月16日から実施された「マイナス金利」。

プラスであることが当たり前の金利がマイナスになるとは、いったいどういうことなのか?

日本の経済を再生する原動力となるのか?

そして、私たちの生活にどのように関係するのか?

誰もが疑問に思うことを、Q&A方式を用いて簡潔に解説していきます。
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ヒーローの時代は終わる

 

 今回の米大統領選の一つの焦点は、グローバル化の反省である。日本でも89年に冷戦が終焉すると、一転してグローバル化の中で苦労した。グローバル化は先進国にとって格差を生むんだ。しかし、一方発展途上国はこの4半世紀で先進国との差を大きく改善した。後進国が中産階級層を持つまでになったのはグローバリズムの成果だろう。

 先進国の格差はビジネススタイルでの格差になった。それは知識労働とマニュアル的作業のマックジョブの所得差の拡大を意味する。以前はマックジョブスタイルでも、家が買えたが今は買えない。一方知識労働につける者の数もあまりにも限定的になった。通信・IT、データ解析などの一握りのエリートだけで数万人、数十万人の雇用を作れるから、ヒーローとなる少数のエリートがいれば、それで十分事足りるのだ。また世界の新中産階級層市場の拡大が少数のエリートをさらにヒーローにした。

 しかし、これはグローバル化の第1期の出来事だったかもしれない。

 2020年あたり以降、第2期のグローバル化は大きく変化するのではないだろうか。

 第2期のグローバル化のキーワードは、多様化だろうと思う。そしてこの多様化によって、一人のヒーローが数万人の雇用を作ることはもはやできなくなるかもしれない。ヒーローは人工知能に代わるだけか。

 新中産階級層は、成功の自信と生活の余裕によって急速に多様化が進むかもしれない。

 先進国では大きな変化が出てくるか。グローバル化によって辛酸をなめた敗者たちの反乱とでも言わんばかりに、これまでのビジネス中心の考えを捨て自らのライフスタイルを中心におく人々が出現するかもしれない。ライフスタイルを人生の中心に置くとは、モダンに見切りをつけた「新古代主義者」を大量に生むことを意味するのかもしれない。また一時話題になったゆとり世代が活躍するかもしれない。彼らは組織人間としては多少もろいが、高い感性を持った人たちだ。ひょっとすると世界の新中産階級層は、ヒーローよりもこのような些末な人々により共感するかもしれない。

 ならばビジネス・スタイルは変わるだろう。多様化は一人のヒーローが何万人の雇用を作ることを困難にさせるからだ。多様化の中では、一人の企業家やアイディアマンが作る雇用はたかが知れているし、当たる確率はさらに小さく、当たったとしてもすぐ飽きられるかもしれない。

 何万人と雇用を生むヒーローが生まれにくい時代になるだろう。大企業は思うように利益を上げられず、解体されるかいくつもの小組織に分割され、緩い関係で組織形態を継続するようになるかもしれない。グローバル第2期では今の中小企業のサイズが最適になるのかもしれない。

 もし、本当に大企業の値打ちが急落する時代が来るならば、マス・メディアは未来を暗黒の時代だと書き立てるだろう。

 しかし、いつの時代でも重要なことは、暗黒は夢を描けないことではない。また希望とは夢を描くことでもないということを知るべきだ。希望とは踏ん張って、踏ん張った先に、何かしら見えてくるものだからだ。

ジパング・ジャパン
代表 吉野晋吾

 

エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第57話)

第57話:中小企業のTPP活用策

 TPPを契機として中小企業が海外展開の拡大を検討する動きや、TPPを契機とした輸出・販路拡大への期待を寄せる事例が主に3つの方向で顕在化している。

 一つ目は、自社製品の輸出を拡大する期待である。経産省の調べによれば、長野県諏訪市に拠点を置く精密金属加工の専門メーカーでは、独自の金属接合技術を生かして自動車部品を製造しており、TPPを契機に日本から北米への自動車部品の輸出拡大を計画とのことである。また、愛知県一宮市の毛織物製造業では、TPPを見据えてベトナム繊維の国有企業と業務提携をした。TPPにより米国の繊維関税撤廃を見込み、日本でデサインや商品企画を実施し、高付加価値繊維は日本で生産する一方で労働コストの低いベトナムで縫製することでベトナムから米国へ輸出し、今後は原産地規則を満たす供給網の実現を目指している。

 二つ目は、国内へ出荷が増える期待もある。経産省の調べによれば、東京大田区で金型や測定器等の設計や製造、販売する企業では、主に自動車部品メーカー向けの金型や測定器具などを設計・製造・販売しているが、TPPにより取引先の自動車部品メーカーなどの輸出が拡大することで金型や測定器具などの受注拡大に期待を寄せている。また、東京都新宿区にあるエンジン部品等を製造するメーカーは、インドネシア等でベトナム向けの二輪車用エンジン部品を製造しているが、TPPの発行も見据えてインドネシア等から日本に生産の一部を移すことも視野に入れているようだ。これにより、同社に部品を納入する中小企業の納入拡大が期待されている。

 三つ目が、地域産品等の輸出拡大への期待である。経産省では事例として三点あげている。一点目が陶磁器であり、特に現時点で最大の輸出先国は米国であるが、現行税率が最大28%あり、TPPを活用するメリットがあるとしている。具体的には、岐阜の美濃焼等では近年の日本食ブームを背景に海外の展示会等で日本食とともに食器を紹介する動きがある。二点目がタオルである。現時点で米国9.1%、カナダ17%の高関税があり、これが撤廃されることで輸出拡大に期待が高まっている。具体的には、今治や泉州等では日本で糸から生産し、使い心地にこだわった高品質のタオルをブランド化する動きがある。三点目が高級洋食器である。具体的には、新潟県燕市ではノーベル賞の晩さん会で使用されるような高品質なステンレス製洋食器を製造しており、米国への輸出は現行税率で最大8.2%の関税がかかることから、高級品では関税撤廃はプラスとTPPの大筋合意を歓迎する向きがある。

 こうした期待が高まる中、TPP大筋合意を受け、政府内ではTPP対策の予算化の動きが進んでいる。ただ、TPPの発効には参加12か国が協定に署名し、議会の批准など国内手続きを終える必要があり、実際には2年近くかかるとみられている。従って、政府は発効に備え、中小企業の声に耳を傾けることで万全な対策をとるとともに、経営者側も環境変化を好機ととらえる姿勢が期待されよう。(第58話に続きます)

 

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所

経済調査部 主席エコノミスト

永濱利廣

 

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第56話)

第56話:TPPをうまく活用するために抑えておくべきこと

 TPPをうまく活用するために抑えておくべきことは、主に10点に数えられる中小企業へのTPPのメリットであり、TPPは製造業のみならずサービス業も含めた多様な中小企業の発展の契機となろう。

 一点目のメリットは関税の撤廃であり、わが国が輸出する工業製品の99.9%の関税が撤廃される。自動車部品を例にとれば、現行税率が主に2.5%である米国への輸出については品目数で87.4%、輸出額で81.3%の即時撤廃で合意しており、これは米韓FTAを上回る水準である。また、現行税率が主に6.0%であるカナダへの輸出についても品目数で95.4%、貿易額で87.5%の即時撤廃で合意しており、これも加韓FTAを上回る水準である。従って、中小企業自らの輸出拡大のみならず、大企業の輸出拡大を通じても中小企業の事業に大きなメリットとなろう。なおTPPでは、陶磁器でも対米輸出額の75%を即時撤廃、タオルでも米国の現行税率9.1%を5年目に撤廃、カナダの現行税率17%を即時撤廃など地方の中小企業に関連する品目についても関税撤廃で合意している。

 二点目は、商品がどの国でつくられたかを特定する原産地規則のルールの中で「完全累積制度」が導入されることである。これにより、生産工程が複数国に跨っても、TPP参加12か国内で生産された製品は関税優遇を受けられることになる。従って、部品の供給網が広がれば、優れた加工技術を持つ日本の中行企業の競争力は一層高まることになろう。

 三点目は、投資サービスの自由化である。具体的には、コンビニなどの小売業のみならず、劇場・ライブハウス等のクールジャパン関連、旅行代理点などの観光関連などの外資規制が緩和される。また、進出企業に対する技術移転要求やロイヤリティ規制などが禁止となるため、サービス業も含めた幅広い分野で海外展開にメリットが生じる。中でも、食品や日本各地の特産品等を生産する中小企業がコンビニと提携することで海外展開が容易になろう。更に、ISDSと呼ばれる国と投資家の紛争解決手続きも導入された。これにより、中小企業が相手国政府から不当な扱いを受けて被害を被った際に、直接国際仲裁へ訴えることが可能になる。

 四点目は、迅速通関など通関手続きの円滑化である。これは、貨物の到着から48時間以内(急送貨物は6時間)に引き取りを許可する原則である。これにより、海外の納入先への納入遅延リスクが軽減し、オンライン通販などにもメリットが期待できる。

 五点目は、模倣品や海賊版対策の強化である。これは、模倣品を水際で職権を差し止める権限を各国当局へ付与することや、商標権を侵害しているラベルやパッケージの使用や映画盗撮への刑事罰義務化等が含まれている。このため、模倣品による被害を受けている中小企業の製品の模倣品の防止や技術の保護や、デジタルコンテンツの海賊防止にメリットが生じる。(第57話に続きます)

 

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所

経済調査部 主席エコノミスト

永濱利廣

 

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