清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第160話)

第160話:お客さまとの「自律契約」をしていますか。

 私は今「契約」をして現在のビジネスを展開しています。誰と何を契約しているのかといえば、「自分自身」と「マーケティング・スタッフ・ビジネス展開」の契約です。それ程、縛りのきつい契約ではありません。少なくとも今後数年間、「元気に」次代を描くマーケターに「正道的にマーケティング思考・実践を伝承する」ことが基本契約です。

 先ずは「日々の元気」が契約の第1条。そして正しくマーケティングを学ばなければなりません。第2条が「正道的なマーケティング伝承」にあるからです。表層的なことを言葉巧みに語るのではなく、本質的なことを、自らをメディアとして伝えることを心しなければならないと考えています。現在の契約は1年。その後、いつまで出来るかはわかりませんが、毎年契約更改に臨もうと考えています。そのためにも、自らが学ぶことを忘れてはならないと心しています。

 学ぶとは「知らないことをわかるようにする」「自分なりの解釈をする」「学問を体系的に理解する」と、さまざまなレベルがあります。どの段階にあっても、さまざまなアプローチがあるものです。学校で一般的な学問体系を「習う」。先人の残した知の集積を書物を読むことによって「辿る」。他者の考え方や理解の内容を会話を通じて「聴く」。これらのことは日常生活で繰り返していることです。

 企業のマーケティングも実は契約関係によって成り立っているように思います。それは「顧客」との契約です。「顧客を裏切ることなく、正しい商品やサービス、情報などのモノや知を提供し続ける」契約。それを、何年契約とするのか。その後の契約更改の条件を、顧客が間違いなく提示してくれるかどうかが問題です。再契約不要との答えが返ってきたのでは、市場からの撤退を余儀なくされるからです。

 契約を継続するためには、先ずは自らを律していく必要があります。契約を正しく履行しようとする想いが無ければ、契約の更改は無いと思った方が良いでしょう。してみると、契約の履行・不履行の判定は、契約を取り交わした相手に対する自らの「自律」の度合いで決まるのかもしれません。

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 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

10冊目の新書が出ましたので是非お読みください。

清野裕司の「ビジネス心論」


今、マーケティング・スタッフには効率よく作業をこなすためのスキルを高めることよりも、幅広い視野で変化を敏感に捉える感度(センス)が問われています。起きている現象を見る目だけではなく、時にもう一つの目(心眼)を開いて、今迄と今を見直し、明日への道を切り拓いて行くように、自らの心に問う学びの志です。
学ぶこと考えることの楽しさを知った自らのビジネス体験を、次代へと歩み行く方々に伝承しておきたいと考えて「心論」と題しました。

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第159話)

第159話:目(芽)線はいつまでも柔らかくありたいものです。

 仕事柄もありますが、さまざまな分野の人と出会う機会を多く持つことが出来ます。今年もまた、新たに社会人としてスタートを切った若い芽に、仮に配属されたビジネス現場で出会う季節になりました。

 芽は大いなる光と水によって生育し、花を咲かせ実をもつ。そして合わせて根を張っていきます。ある一点の常識の中でのみ栄養分を吸収すると、その根の張り方が厄介なことになってしまいます。歳を重ねるにしたがって、柔軟な発展を止める根になってしまうからです。

 柔らかな新芽であったものが、経験や実績からでしょうか、頑として動かぬ根を張ってしまう場面に出会うことがあります。他者がいくら力を入れて抜き去ろうとしても微動だにしません。自分の正しさを頑迷に維持しようとしているかのように見えます。歳を重ねることは、経験を重ねることに近いものがあります。経験を積めばそれだけ柔軟性が増すかと思えば、それが逆の現象だから厄介なのです。自分自身の能力の深さや知識の広がりよりも、付き合ってきた企業や人の持つ能力や知識に依拠しながら、さも自分のそれのような判断がまかり通るケースです。そうすると、他者に対するものの言い方や振る舞いも、何故か高飛車です。自説の正当性を一方的に述べて、若い芽に「こうあらねばならない」といった高い目線からの指摘が多くなってしまうようです。共に考えていこうといった姿勢は皆目見られません。

 企業人が発信する若い力への激励は良い。しかし、よく見かける団体(社団/財団)発の会報誌には、経験(年齢)を重ねた多くの先人が、高い目線で「かくあるべし」の情報を発信しているものに出会います。目線が何とも高く高圧的にすら感じます。それでは、若い芽が萎えてしまうように思えます。若い芽は、自らの目で現実を捉え、眼力を養おうとしています。彼らの力を引き出すのが先人の役割と考えれば、「さあ、共に考えよう・・・」と声をかける目線が欲しいもの。
 
 マーケティングに出逢って半世紀。時は刻まれました。歳を重ね経験も積みました。しかし今なお、わからないこと、知らないことが山積する若芽と心得た目線で、マーケティングを語り継いでいきたいと思っています。(第160話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第158話)

第158話:スカート丈の変化は一人ひとりの自己主張の現われでしょうか。

 私のオフィス近くに、女子中・高校があります。6年間の一貫教育の場です。春になれば新入生が加わってきます。その小集団が打ち揃って行儀良く歩いていました。どうやら、近隣施設を確認するための団体行動のようです。1クラスの集団でしょうか、嬉しそうに前後を歩く者同士で話をしている子もいれば、独り黙々と集団に付いて歩いていく子もいます。

 しかし全体の様子が、普段出逢っている制服とは違って見えます。制服のスカート丈が違います。膝にかかった長さで、整然と歩いています。それが、春から夏に向かっていつの間にか様子を変えてしまいます。年次と共にでしょうか、スカートの丈が短くなっていくようです。気が付けば膝上の丈になっていることもあります。日々注目しているわけではありません。普段の様相と異なるものに出逢うと、新たな気付きを得るものです。そして疑問符が浮かんできます。

 集団の統一行動の全てを善しとはしませんが、ある規則や規律のなかでの行動を日常のなかで見るのもなかなか良いものです。何かの目的性すら感じさせます。スカートの丈が短くなると共に、単純な相関関係ではないでしょうが、個々の動きは乱雑になってくるように見えます。集団の環境に慣れた証かもしれません。それ程、堅苦しく考えるべきことではないのでしょうが、ただ一方で、慣れてしまうことのつまらなさを思ってしまいます。ある場面に慣れてくると、自分自身に、さも自由度が高くなったように考えてしまうのでしょうか。実は、慣れることの怖さがそこにはあるように思えます。

 初心忘れずとはよく言われることですが、なかなか初心を維持していくのは難しいもの。繰り返しの行動に変化がないように思えてくるからです。同じことを繰り返すことの空しさを感じることもあります。そして、いつのまにやら、自分でルールを創造してしまうことも。集団の規則よりも、自分の規則を優位と考えてしまうのです。

 鮮度の維持には、集団のルールを守ること以上の心の力が必要なのかもしれません。スカート丈の変化に、ふとマーケティング・センスの鮮度維持を感じた春の一コマです。(第159話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第157話)

第157話:時代の節目ごとに「団塊世代」論はついてまわります。

 この2月8日に惜しまれて堺屋太一氏が逝去されました。社会的に根付いた言葉やメッセージを数多く残されましたが、中でも、わが国の行く先を逸早く捉えた「団塊世代」は、その後の人口構造を語る際の慣用句にもなりました。

 今世紀初めには「2007年問題」が言われ、団塊世代の定年退職が注目され、今また「2025年問題」で、団塊世代が75歳を迎える超高齢社会のあり方が問われています。

 一方で新たな消費力として団塊世代への注目度が高まっています。かつて団塊世代が取り上げられると言えば、年齢とともに職を失した人に眼が行き、年金問題と相まって、わが国での第二の人生設計は容易ではないといったイメージが蔓延していました。ちょっと暗い団塊世代論です。しかし最近では、そのような情報発信ではなく、「おやじバンド」の活躍や「団塊起業」の動きなどの前向きな話も多くなり、消費の一大パワーとしての注目度も高くなってきているようです。

 確かに日本の消費を、その数の多さで支えながら、一方で経済成長の基盤となる労働力として、ある時は企業戦士と呼ばれながら仕事中心の生活をしてきた人たちが多くいます。幼い時から、多くの同輩の中で仲間をつくり、競争を余儀なくされた世代です。その世代が還暦を過ぎ、古稀を超えてきています。そうなれば、今までとはどこか違う生活スタイルを描くことになります。

 しかし、今までに語られる団塊世代論の多くに登場するのが、男性です。女性もほぼ同数いることが何となく忘れ去られているようにも感じてしまいます。今まで、夫は朝の定刻になれば職場へと向かい、帰宅は不定時といった生活リズムが大きく変わることになるのです。家庭生活時間の変化です。その変化への対応はどのようになるのでしょうか。経済的にも、多くのサラリーマン世帯にあって、比較的安定的なキャッシュフローが描かれたものが変化しそうです。

 変化は新しいビジネスを生むきっかけでもあります。数の多さだけで語るのではなく、それだけ多彩な変化要素が考えられる団塊世代の様相。生産活動や消費活動にどのようなインパクトを与えるのか。多彩な変化に対して、多才な知恵を発揮した機会開発こそが「団塊世代論」でしょうか。私自身団塊世代の一人として、改めて考えを巡らせたいと思います。(第158話に続きます)

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第156話)

第156話:「さくら、さくら♪」と繰り返すのは心に春を感じる証でしょうか。

 今年もまた、桜の開花が早いようです。3月の彼岸の週明けに既に開花とか。桜と言えば4月のイメージが強いのですが、これも地球温暖化の影響でしょうか。今までは、入学式風景の主役の座を占めていたものが、ここ数年は卒業式の風景に登場してきます。セピア色をしたモノクロ写真ですが、自分の小学校・中学校入学時の記念集合写真には、誇らしげな桜が新しい時を告げています。

 咲き始めから満開を経て、散り行く時間の短さに、ある種の空しさと潔さが錯綜するからなのでしょうか、日本人の価値観にマッチしているようで、その間の花見の人の群れは、また異常なほどの混みようです。

 花の美しさを愛でるというよりも、冬の陰鬱な心境からの開放感を味わうことが主題といった感じです。所狭しとマットが敷かれ、宴の始まりです。酒酌み交わす人の顔が、皆にこやかです。「春が来た!」とはしゃぐ集団が、自分たちの陣地を守ろうとします。戦国時代の領地獲得競争そのものの様相です。

 そこでは余り桜の花の話にはなりません。仕事の話、家族の話、友人の話、異性の話・・・、尽きぬ話題が桜を背にして進められます。酒の量も自然と増えようと言うもの。背景の花は、桜でなくてもよさそうな喧騒ですが、やはり「桜」でなければならない。これ程、新しい時の始まりを教えてくれる花も無いように思います。

 それだけ日本人の感性に合っているのでしょうか。桜を感動と共に賛美する歌に、その心が見えてきます。繰り返して呼びかける歌詞を多く聴きます。

 「さくら、さくら・・・」と感極まって抱きしめるような歌詞です。そこでは、「開放」「感謝」「清潔」「決断」「潔白」「瞬発」と、耳ざわりの良い感慨用語が桜を説明しています。

 今年もまた、開花の早い桜。どう声をかければよいのでしょうか。四季躍動の始まりに感謝すべきでしょうか。とすると、やはりまた「さくら、さくら・・・♪」と繰り返して歌いながら、今年の桜を見ることになりそうです。(第157話に続きます)

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