エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第9話)

第9話:エネルギー政策がマクロ経済に与える影響

 2011年3月の原発事故以降、火力発電の燃料であるLNG(液化天然ガス)の輸入が急増し、貿易赤字の主因となっている。この背景には、日本がLNGを「ジャパンプレミアム」と呼ばれる高値で購入していることがある。事実、原発事故前は3兆円台だったLNG輸入額が2013年以降は7兆円を超えている。

 こうした中、日本のLNG輸入価格に影響を与える可能性があるのが、米国のシェールガス革命である。近年、米国では天然ガスへのシフトが進行している。硬い頁岩(けつがん)中のガスや石油を採取できる技術により生産量が飛躍的に伸びており、米国の天然ガス価格は100万BTU(英熱量単位)当たり3ドル程度である。仮に、液化と日本への輸送単価6ドルを足したとしても、日本が輸入している天然ガス単価の約16ドルよりも7ドル程度も安くなる。

 このため、米国で増産が進むシェールガスの存在からLNGの価格が下がる期待があり、価格面でも注目すべき材料となろう。将来、日本が北米等から直接買い付けることができれば、シェールガスの生産急増により化石燃料全体の価格を抑制する効果が期待される。更に、世界レベルで見て十分な供給があれば、原子力発電所の停止によって高い価格でLNGを買わざるを得ないジャパンプレミアムのような事態も解消されやすくなる。

 一方、日本の最先端技術によって脚光を浴びているのが、石炭火力発電である。石炭は北米や欧州など政情安定国を中心に世界中に広く分布しており、安価で安定的に入手可能なことから、未だに世界全体の発電量の4割を占めている。また、日本の石炭火力発電効率は平均4割以上の効率があるのに対して、新興国等では3割を下回っている国もある。こうした世界トップレベルにある日本の技術と共に、安定供給で安価なこともあり、日本経済の成長力に貢献することが期待されている。将来、日本が電気料金を安く抑えることができれば、電気代や安くなった分を他の投資に回すことにより経済成長につながる効果が期待される。更に、石炭は様々な地域から調達できることから、LNGのジャパンプレミアム事態も解消されやすくなる。

 2013年度実績においても、日本が1キロワットの発電をする場合、石炭では5円程度かかるが、それでも現在のLNG燃料単価の約13円に比べて6割ほど安くて済む。石炭は世界全体で産出でき、安定調達しやすいため、コストの高い原油に代わって常時稼動する主力電源として期待されている。

 日本でLNG価格を引き下げるには、LNGの輸入源と調達方法を多様化する必要があろう。現状、日本がシェールガスを輸入する場合、ガスを液化する費用や関税がかかるが、それでも現在のLNG価格に比べて2~4割ほど安くて済む。

 一方、日本で燃料費を抑制する策の一つとして、石炭火力発電の推進も有効といえる。石炭火力の新増設が可能となれば、LNG火力への集中を避けることが出来、貿易収支の改善にも繋がることは確かである。(第10話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
第一生命経済研究所 
主席エコノミスト 永濱 利廣

エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第8話)

第8話:日本の成長戦略におけるドイツの示唆

 日本の成長戦略の内、法人税改革では、実効税率を数年で20%台にすること、企業統治改革では、企業統治の指針「コーポレートガバナンスコード」の策定、機関投資家向けの「スチュワードシップ・コード」の普及促進を挙げている。

 人口に関しては、当面の出生率目標として1.8人を掲げている。ただし移民政策には触れていない。女性の就労促進に関しては、学童保育受入れ枠の拡大などを目指す。女性を対象とする調査によれば、約3百万人が、育児などでの障害がクリアされれば働きたいとの結果を示しており、潜在的労働力として大きな存在である。

 雇用、医療、農業分野での岩盤規制改革の内、農業の潜在成長性は高いとみられる。企業による農地所有が5年後に解禁され、企業的な農業生産が増えると、農業の生産性の向上が期待される。例えばオランダは、九州程度の国土面積だが、ITを駆使した生産性の高い農業生産により野菜や花を生産し、年間8兆円を輸出している。日本の農業品輸出は年間5,000億円に留まっている。

 エネルギー分野では、高価になりすぎた再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の見直しを検討する必要がある。ドイツは脱原発を掲げたが、実際には電力供給を確保しながら徐々に原発を止めている。フランスなど近隣国から電力を購入する体制も整えてある。観光分野では年間の来日外国人観光客数を2020年までに20百万人とする目標を掲げている。ドイツは年間30百万人である。人口が2.5億人のインドネシアなどからの観光客誘致が今後期待できる。いずれ中国と人口が逆転するインドも期待できる。現状、インドからの来日客は年間7万人にすぎない。例えば欧州各国が、インド映画の撮影を自国に誘致し、その映画を観たインド人が撮影地を訪ねるため観光客として来訪するという好循環を生み出している点は、日本にも参考になる。

 結局、日本もドイツも高齢化し、人件費は高い。移民による労働力確保、または、製造業の高度化が生き残る道といえよう。ドイツは移民労働力を導入した。また、積極的に誘致した対内直接投資の中身は研究開発部門が多い。つまり研究者など高度人材も取り込み、製品開発力を高めた。日本がアジアのドイツになるつもりならば、ある程度の移民の受け入れや、対内直接投資の積極導入を考えるべきではないか。

 一方、今日のドイツの負の側面、見習わない方がよい側面としては、ユーロ圏がデフレ化するリスクが増しているのに、ドイツは財政支出拡大や金融緩和に消極的なことである。リーマンショック後、米国は巨額の財政刺激と量的金融緩和に踏み切り、米国や世界が景気後退に陥るのを防いだ。今日のドイツにも期待される役割である。(第9話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
第一生命経済研究所 
主席エコノミスト 永濱 利廣

エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第7話)

第7話:シュレーダー改革による産業構造の変化

 ドイツのシュレーダー改革に伴う、産業構造の変化を見ると、対GDPでの鉱工業の比率が2002年から2008年にかけて少し上昇し、2013年時点でほぼ25%を維持していることが分かる。鉱工業の雇用数も維持している。これに対し、日本の製造業の比率は、1996年の25%以降、趨勢として減少を続け、2013年には20%まで低下し、雇用者数も減少を続けた。これは日独が明確に異なる点であり、日独の立地競争力の違いを反映している。

 ドイツは、シュレーダー改革を含む政策により立地競争力を高め、国内の製造業シェア維持に成功した。多くの先進国は、経済発展に伴い、1・2次産業シェアの低下と3次産業シェアの増加を示してきた。しかしサービス産業の中でも運輸、卸小売の一部など製造業あってこその産業もある。製造業のシェアをある程度維持しないと、全産業の雇用や賃金に悪影響を及ぼし、経済全体の活力を損なう。

 比較するために米国を見ると、オバマ大統領が輸出倍増計画を掲げ、低下してきた製造業雇用の維持・拡大と、米国内立地の製造業による輸出の拡大を図っている。米国ではリーマンショック後、製造業の雇用者数は減少してきたが、2011年に増加に転じた。その理由は、大胆な金融緩和に伴うドル安傾向、自由貿易協定の拡大・活用、シェール革命によるエネルギーコストの減少などである。同じ理由から、米国では製造業の国内回帰が始まっている。

 また米国やドイツでは、グローバル化や対外直接投資を進めた産業においても国内雇用が増えている。進出先国ごとに異なる会計や法務制度に対応するための、本社での雇用、税務・法務の専門サービス業の雇用の増加などが背景である。

 ドイツの製造業の中で、GDPに占めるシェアが最も伸びているのは自動車産業である。ドイツの製造業製品は、高い性能に加えて、ブランドイメージを確立し、独自性の強い製品作りに成功し、高い利益率を達成している。

 米国ではイノベーションが活発であり、「ゼロ」から製品・サービスを創り出し、高い利益率を享受する例が多い。また、製造や輸出からの収益よりも、海外からの特許収入などが大きい。

 日本とドイツは引き続き自動車や工作機械などモノ作りに強い。日本製品は高性能だが往々にして高価な点が、新興国での市場シェア拡大に不利ではないかと言われてきた。しかし新興国製造品との競争上、日本製品は高級・高価路線を採るのが正しい方向と考える。実際にここ2年の円安基調の中でも日本製品はあまり値下げを行わず、上級・高級イメージを維持する戦略を採っていることからすれば、日本の製造業もドイツに近づきつつあると評価できよう。(第8話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
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主席エコノミスト 永濱 利廣

エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第6話)

第6話:国内の企業立地環境を整備したドイツ

 ドイツは2000年以降に、経済連携協定を活用、かつ法人税率を引き下げて、ドイツへの対内直接投資を誘致した。経済連携協定に関しては、2004年、それまで15ケ国だった EU加盟国に、ポーランドやチェコなど中東欧他10ケ国が一気に加わり、25ケ国に増加したことが大きい。ドイツは、モノ・ヒト・カネの自由な域内移動が出来るEUの仕組みを、EU拡大後に一層活かし、経済を活性化した。ドイツに企業立地すれば、EU25ケ国に無関税で輸出できるとして、対内直接投資を誘致した。またドイツは、50%以上だった法人税実効税率を、2000年以降に段階的に30%まで引き下げ、立地競争力の強化を図った。1999年1月の統合通貨ユーロの発足も有利に働いた。ドイツに立地すればユーロ圏との間の輸出入ならば為替リスクがなくなるからである。EUやユーロ圏の他国へ立地しても、無関税や統一通貨の利点は同じだが、ドイツは元々、高い技術力を持ち、他国よりも製造業の競争力があり、優良な人材と部品会社を持っていた。この点で特に製造業の企業立地上、優位となった。

 EU市場統合は、関税撤廃だけでなく、非関税障壁の撤廃も目指してきた。これはドイツの内外直接投資の中身にも反映されており、直近の2012年・2013年の業種別の直接投資を見ると、対外・対内共に専門サービスや情報通信などのサービス業が大きく伸びている。ドイツが市場開放や規制改革を進めて非関税障壁を下げ、競争を促し、結果として立地競争力・国際競争力を高めて来たことが分かる。金額を見ると、ドイツは2012年・2013年の対外直接投資が年6~9兆円規模(ユーロ相場@145換算)、対内直接投資が年1.5~3兆円規模(同@145)であり、対外よりは少ないが、対内直接投資も対外の4分の1ないし3分の1の規模に達している。

 日本の2012年・2013年の対外直接投資が年14~16兆円規模(米ドル相場@120換算)、対内直接投資が年2,100~2,800億円規模(同@120)であり、対内は対外の50から60分の1に留まる。対内直接投資を業種別でみると、ここ2年、日本では卸小売、金融・保険、サービス業などでの外資の撤退が目立つ。日本は、非関税障壁の撤廃や規制緩和を進めないと、このように外資の流出が続くことになりかねない。

 日本向けの対内直接投資が少ない理由を探るため、外資系企業動向調査(経済産業省、2012年度)において、在日外資系企業が日本で事業展開する上で挙げた阻害要因を見ると、最大の理由は「ビジネスコストの高さ」であった。この「ビジネスコスト」の上位は、人件費、税負担、事務所賃料である。ただし円安はこうしたコストの外貨換算上、割安に見せる効果がある。阻害要因の他の項目には、「日本市場の閉鎖性、特殊性」「製品・サービスに対する要求水準の高さ」「人材確保の難しさ」「規制・許認可制度の厳しさ」などが挙げられた。「人材確保難」の中身としては、英語力ある人材の採用難が大きい。非関税障壁撤廃、規制緩和、法人税率引き下げ、英語教育充実などを進めて、こうした阻害要因を減らしていくことが、対内直接投資の拡大のために必要である。(第7話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
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主席エコノミスト 永濱 利廣

エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第5話)

第5話:日本企業が直面する六重苦とドイツの比較

 日本経済が長期停滞した大きな原因のひとつは、ビジネスを巡る環境が、外国に比べると悪かったことにある。ドイツは日本と同様、人口は減少傾向にあるが、近年着実な経済成長を実現している。ドイツは2000年代以降、プロビジネスの視点から政府当局が積極的な政策を講じてきた。経済成長の源泉は企業活動にあるゆえ、プロビジネス政策のドイツは成長し、日本は停滞する結果になった。

 ドイツの経常黒字は2000年以降に急拡大したが、その大半を占めるのは、2000年以降に順調に拡大した貿易黒字である。2004年に実現したEUへの中東欧10ケ国加入後、ドイツの貿易黒字基調は定着した。また、ドイツでは2004年以降、対外直接投資が急拡大した。2001~2004年の間、GDP比 30%程度で不変だった対外直接投資残高は、2013年には60%近くまで増加した。この間に中東欧や新興国への投資が増加し、このような直接投資先の現地法人に対して、ドイツから部品・部材や生産機械・設備の輸出が増え、これがドイツの貿易黒字を増やした。

 日本の貿易収支は2011年以降、赤字に転じた。要因には、原発停止に伴う化石燃料の輸入増加に加え、例えば携帯電話機など電気製品の輸入の急増がある。最近の日本の経常収支黒字を支えるのは、海外から受け取る金利や配当などの所得収支黒字である。

 ドイツの直接投資は1990年代までは少なかったが2000年代に急増した。しかも、対外・対内直接投資のいずれもが増加した。

 日本の対外直接投資は2005年以降、順調に増加しているが、対GDP比の累積残高はドイツよりはるかに少ない。また、ドイツと大きく異なるのは、対内直接投資が著しく少ない点であり、しかもここ5年ほどは残高自体が減少している。G7の中で、日本の対外証券投資残高が英独仏より少ないにも関わらず、所得収支黒字が3ケ国を上回る理由は、対内証券投資残高が少なく、外国に支払う配当・金利が少ないためである。

 こうした中、安倍政権の経済政策はプロビジネス的にシフトしている。日本企業の六重苦のうち第1の円高は、日銀の金融緩和により是正された。第2の高すぎる法人税率は、20%台に下げる方向で準備が進んでいる。第3の経済連携協定の遅れに対しては、成長戦略の柱でもあるTPP実現を掲げたが、日米交渉での隔たりがあり、実現時期は見えていない。第4の厳しい労働規制は、解雇ルール明確化などに踏み込めず進展は少ない。第5の厳しい環境規制は、2020年の温室効果ガス排出を1990年比 3%増加との現実的な目標に改めた。第6の高いエネルギーコストに対しては、一部の原発再稼働が年内に実現見込みとなり、少なからずコスト減につながりそうだ。産業の六重苦の解消は道半ばであるといえよう。(第6話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
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