エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第171話)

第171話:プライマリーバランスが全てではない

 既に米国はGDPギャップがプラスとなり経済が過熱してきている。こうなるとFRBが金融引き締めを強化するため、これまでの経験則ではGDPギャップがプラスに転じてから2~4年後には景気後退局面入りしている。したがって、この経験則に基づけば、早ければ2019年の後半には景気後退入りするリスクが出てきている。更に、2019年度後半以降には日本も五輪特需の勢いがピークアウトする可能性があることからすると、2019年10月の消費税率引き上げを決断する今秋に景気が良いからと言って、1年後は必ずしも100%景気が回復を続けているとは言い切れない。

 こうしたことから、消費税率引き上げには最大限の景気への配慮が必要となる。実際、欧米主要国の財政収支が大きく改善した90年代の長期金利を見ると、長期金利の低下が緊縮財政の悪影響を緩和していたことを示している。一方で日本の長期金利は低水準であったことからすれば、緊縮財政の悪影響を緩和する度合いが小さかったことがわかる。

 そして、現状で政府が拡張的財政政策を実施すると、日銀がイールドカーブ・コントロール政策を導入しており、上昇圧力がかかる長期金利を抑え込むため、ケインズ政策の効果が発揮されやすくなる。しかし、逆に緊縮財政政策ではその悪影響が増幅してしまう。これは、緊縮財政政策を行うと金融政策も引き締めになることを示している。

 つまり、日銀がイールドカーブ・コントロールを導入している中で政府が緊縮財政を行うと、国債の需給が引き締まって長期金利に押し下げ圧力がかかるため、日銀の国債購入量が減ることを通じて金融引き締めになる。対して政府が拡張的財政政策を行うと、日銀が金利上昇を抑えるために国債の購入が増え、金融も緩和されることになる。

 更に、プライマリーバランスを早期に黒字化しないと財政危機が訪れるという議論があるが、これはそのまま日本には当てはまらない。なぜなら、G7諸国のプライマリーバランスを見ると、黒字化を達成しているのはドイツとイタリアのみであるが、赤字国はいずれも財政危機的な状況になっていない。プライマリーバランスの赤字だけでは政府債務残高/GDPを悪化させることになるが、名目成長率が国債利回りを上回っていれば、プライマリーバランスが赤字でも政府債務残高/GDPが上昇するとは限らない。

 また筆者は、政府が前提としている長期金利>名目成長率というのには違和感があり、長期金利<名目成長率の可能性も十分にありうると考えている。理由としては、理論的に最適成長する場合には実質長期金利>実質経済成長率が必要とされるが、ここでいう実質長期金利は社債や株なども含めた実質資本収益率であり、国債利回りはリスクプレミアム分だけ低くなるためである。また、長期的な歴史的事実関係を見ても、多くの主要国で名目成長率>国債利回りを満たしていること等もあり、こうしたドーマー条件が満たされる可能性が高い。したがって、プライマリーバランスを黒字化させなくても政府債務残高/GDPを低下させることは可能といえよう。(第172話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第170話)

第170話:緊縮財政が経済に及ぼす影響

 財政健全化に対する取り組みは重要だが、景気への最大の配慮が必要である。まず指摘しておきたいのは、財政健全化は当初の想定以上に進んでいるということである。背景には、当初の想定ほどは社会保障の給付費が増えていないことがある。

 実際、2012年3月に厚生労働省が策定した社会保障にかかわる費用の将来推計によると、2015年度時点の給付費は119.8兆円の見通しだったが、実績はそこから4.9兆円も下ブレしており、名目GDP比で見ると大きく低下に転じている。更に、既に2016年度の実績が公表されている概算医療費を見ると、一連の政策効果もあり、減少に転じている。

 こうした社会保障効率化の成果に対して、2022年から団塊世代が後期高齢者入りするため、社会保障費の膨張が懸念され、更なる社会保障効率化の加速が必要とする向きもある。確かに、団塊世代が後期高齢者入りすれば、年金の自己負担率の低下や医療費の増加等が社会保障の膨張要因となろう。

 しかし、それらを加味した社会保障にかかわる費用の将来推計を見ても、給付費の見通しは2015~2020年の増加幅+14.6兆円に対して、2020~2025年の増加幅は+14.5兆円とやや縮小している。この背景には、2020年代以降はシニア人口の増加率が低下し、給付費が伸びにくくなることがある。

 特に、2014年4月の消費税率引き上げには多くの示唆がある。注目すべき点は、近年に個人消費が大きく調整されたのはリーマンショック、東日本大震災、消費税率引き上げの3回あるが、リーマンショックは2年後、東日本大震災は1年後に個人消費が元のすう勢に戻った。

 にもかかわらず、2014年4月の消費増税では元に戻るのに3年かかり、その後の家計消費のすう勢も下方屈折してしまっていることからすると、いかに社会保障の効率化が進む中で消費税率引き上げの影響が大きかったかがわかる。これは重要なポイントである。

 また、日本経済はすでに完全雇用の状況にあり、需要刺激策は必要ないという指摘がある。実際に、内閣府や日銀が公表しているGDPギャップを見ると、いずれもプラスとなっており、日本経済が完全雇用の状況にあることを示している。

 しかし、そのわりには日本の物価や賃金の上昇圧力が乏しい状況にある。背景には、政府や日銀のGDPギャップの計測が誤っている可能性がある。実際にIMFのGDPギャップを見ると、日本は依然としてマイナスであり、完全雇用に至っていないことを示している。なお、政府や日銀のGDPギャップが過大評価されている背景としては、非自発的失業が存在しない完全雇用失業率の水準が近年低下していることが反映されていない可能性が指摘できる。(第171話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第142話)

第142話:備える前に「クリアランス:整理」が始まります。

 春夏秋冬があることを当たり前に思って、季節感が実感できる風土の中で暮らしてきたわれわれとしては、ここ数年の夏の到来が1・2ヶ月早いような気がします。モノを購入するきっかけも、基本は季節の節目によっているところが多くみられます。「そろそろ夏になる。その備えに夏物を買い揃えよう」「寒さが間もなくやってくる。冬ものの防寒衣料を買い込んでおかないと、いざという時には困ってしまう」というのが、旧来の日本人の消費行動の基本パターンでもある「備える」消費です。

 季節だけではなく、「社会人になったからそれに合わせて自分の身なりをそれなりに整えよう」といった社会的なステージに「備える」といった行為もありました。あったと過去形で言うのも、最近は少なくなったことを実感するからです。ただ、人の暮らしの中での基本的な行為として、何がしかこれから起きることへの「備え」は少なからず残っているものです。

 しかし、販売の現場に行くと、備える前の「クリアランス」です。何かが起きる前に「整理」が始まる状況を目の当たりにします。それではなかなか「備え」の購買動機は起きようにもなくなってしまいます。日常生活における季節感すら希薄になってしまいますし、かつ、衝動的に生活を考える癖が出来てしまうような気もします。

 最近の生活行動が、どこか落ち着きがなく、どっしりと次を見据えた行動をとるというよりも、刹那的な消費行動が多くなっているのも、「備える」前に起きる「クリアランス:整理」の現場が生み出しているようにも感じます。(第143話に続きます)

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 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

当ブログの寄稿記事を元に加筆編集しました新書が出ましたので是非お読みください。

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「清野裕司のマーケティング考 風を聴く」

今、経営に新たな思考力が求められています。市場にはどのような風が吹いているのでしょうか。風の音に耳を澄ませていると、次代に向けた風の通り道から、マーケティング思考で未来への道標が浮かんでくるかもしれません。それはまた、自分の心に吹く風の音を聴くことにも繋がるのではないか考えました。

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第169話)

第169話:カギは産業の立地競争力向上

 近年、第1次所得収支の拡大を受けてGDIとGNIの乖離(かいり)が目立っており、GNIがGDIに対して超過傾向にある。これは、日本人の海外での経済活動が活発化し、日本よりも海外の経済成長率が高いこともあって、日本が対外資産から得られる収入の方が、海外が対日投資から得る額よりも多いためである。

 少子高齢化が急速に進み、国内需要の減少が不可避な情勢では、国内の経済活動だけでは実質GDIの増加は困難とされている。それならば、企業が更に海外市場へ活路を見いだし、海外への投資で得た利益を日本国内に還流させるというグローバルな視点から、GNIを増やし、国民の所得を増やすべきという発想が生まれるだろう。

 しかし、第1次所得収支は海外で所得が生じた時点で計上されてしまい、海外で得た所得を日本国内に還流させなくてもGNIに含まれてしまう。したがって、純粋な日本国内の所得の増加を知るには、GNIよりもGDIで見る方が正確である。

 GDIを増やすには、第一に国内生産を増やすことに加えて交易損失を減らすという視点が重要である。国内生産を増やすためには、国内所得を生み出す源泉となる国内企業の雇用機会を増やす必要がある。そのためには、産業の立地競争力を高めることが不可欠だろう。

 極端な円高はすでに是正されているものの、近隣諸国並みの20%台半ばへの法人税率の引き下げは道半ば、経済連携協定は日EU・EPAや環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)が大筋合意に至ったばかり、労働規制は正社員の解雇ルールの明確化が先送りされている。今後は、税制改正やTPPにとどまらない経済連携協定の推進による立地競争力の強化がカギとなろう。

 加えて、足元ではエネルギーコストが原油価格の上昇により上がっているため、交易損失を減らす取り組みも重要だ。日本の発電の主要化石燃料である天然ガスの輸入価格は、世界の天然ガス価格が下がる中でも、依然としてヨーロッパの価格よりもドル建てで1.3倍以上の高水準にある。経済連携協定をテコに調達先の多様化などを推進することで化石燃料の価格を更に引き下げられれば、より一層交易損失の減少につながる。それを実現するためにも積極的な通商政策が必要となろう。

 第二に、新分野での雇用の創出も重要である。そのためには、人口が減少する中でも市場の拡大が期待される医療・介護や教育・保育、農林水産業などの分野での規制改革が必要だろう。社会保障の効率化とともに待機児童や介護離職の解消、農地の集約と株式会社の農地取得自由化などの改革が進み、結果としてこれらの分野で需要喚起が実現すれば、農産品の輸出増加や女性の更なる労働参加も促されよう。(第170話に続きます)

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第168話)

第168話:日本経済の実力を反映しないGDP

 2018年1~3月期の実質GDPは2次速報で前期比年率▲0.6%となり、9四半期ぶりのマイナス成長となった。しかし、民間在庫品増加(民間企業の売れ残った在庫の増加分)を除いた最終需要ベースで見ると、前期比年率+0.1%とプラスとなり、少なくとも最終需要面から見た経済規模はそこまで悪化していないとする見方もある。しかしGDPは、必ずしも現在の日本経済の実力を反映しているとは言えない。

 GDPとは、期間内に国内で生み出された付加価値の合計である。「生産」「需要」「所得」という三つの側面のどこから見ても等しくなる「三面等価の原則」があり、通常は実質GDPに変化が生じれば、それと連動して実質所得にも変化が生じるはずである。

 しかし、現在の日本の所得から見た実質的な経済規模は、生産面や需要面からの変化に加え、実質GDPに反映されない交易条件(輸出品と輸入品の交換比率)の変化にも大きく左右されるため、「三面等価の原則」が働きにくいという、特有の経済構造となっている。

 輸出価格が輸入価格を上回ると、その国の交易条件は有利になるため所得(交易利得または損失)が増え、反対に不利になると所得は減る。2017年10~12月期以降、原油をはじめとする資源価格の高騰により、日本の交易条件は大きく悪化。GDPに交易利得(損失)を加えた、国内の実質的な所得を示す指標である実質国内総所得(GDI)を押し下げている。つまり、実質的な日本の経済規模を見るには、交易条件の変化を加えたGDIで見るべきであり、GDPだけを見ていると、現在の日本経済を過大評価してしまうことになる。

 交易条件を含む経済指標として、GDIの他に国民総所得(GNI)がある。交易条件を加えて見るのであれば、GNIで見ることもできるのではとの意見もある。

 二つの指標の大きな違いは、GDIは国内に落ちる所得を表し、GNIは国民を対象としている点だ。また、グローバルな経済活動の動向を示す経常収支は、貿易収支やサービス収支、第1次所得収支、第2次所得収支に分けられるが、GDIには貿易・サービス収支のみ計上されているのに対し、GNIは海外への投資で得た配当などの第1次所得収支も含む。従って、GDIは国内の所得規模を測る指標である一方で、第1次所得収支も含んだGNIは、国民全体の所得状況を見る指標となる。

 なお、第1次所得収支は「投資収益」と「雇用者報酬」に分けられ、現在、収支の99%以上を投資収益が占めている。これは海外の金融資産から生じる利子や配当の受け取りや、海外への支払いも含む、第1次所得収支や企業の海外展開を反映した投資収支が黒字となっているためである。(第169話に続きます)

永濱 利廣 氏

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