エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第127話)

第127話:金融政策の課題

 日銀が大規模な金融緩和を続けているにもかかわらず、物価が伸び悩んでいる。この背景には、企業の価格転嫁メカニズムが破壊されていることがあると考えられる。つまり、過去15年以上のデフレのトラウマで企業経営者が値上げに臆病になっているためだ。合理的な経営判断では値上げをして収益を確保したすべきであるのに、値上げをすると売れなくなると過剰に心配しているということだろう。すなわち、値上げよりもコスト削減で収益を稼ぐ方へバイアスがかかっているということだろう。企業の価格転嫁メカニズムが正常に機能している欧米では、量的緩和政策をやることでデフレを阻止した。従って、日本は染みついたデフレマインドの払拭のために相当大胆なことをやらないといけないということだろう。

 しかし、今の金融政策の枠組みは限界に来ているといえる。今のイールドカーブコントロールはいわば他力本願の政策であり、舟の帆を張り米景気回復などの追い風が吹いて前に進んでいるが、向かい風が吹くと後退するという仕組みだ。一方、筆者は早ければ再来年にも米国の景気後退が始まり、米国が金融緩和に動く可能性があるとみている。そうなれば、今の仕組みのままでは間違いなく円高になるだろう。だからといって、今すぐにもう一段の金融緩和を日銀がやるべきとは考えていないが、米国が再び金融緩和に動いたときには新たな政策が必要になるだろう。しかし、国債を買う量を増やすことは限界が近づいている。海外から『為替介入』と批判されなければ、外債購入が有力な選択肢の一つだろう。しかし、それが無理であれば日銀保有国債の永久債化に踏み込むしかなくなるだろう。いずれにしても、日銀が独自で判断できることではないため、政府と日銀で新しいアコード(政策協定)を結ぶことを考えないといけない時期に来ているといえよう。

 こうした中、日銀は物価上昇目標2%を掲げているが、賃金が本格的に上がらないと2%目標の達成は難しいだろう。このためには、大規模な金融緩和に加えて解雇規制の緩和や転職支援などで硬直的な労働市場を変えないといけない。転職等により雇用の流動性が高まることで、労働需給を反映して賃金は上がりやすくなるだろう。日本は年功序列、定年制が根強く、同じ会社で長く働くほど恩恵を受けやすい。一方、退職金も勤続年数が短くて辞めると恩恵が少ない。企業経営者からすれば、賃金を上げなくても従業員が辞めにくいため、できるだけ賃金引き上げをせずに収益を確保する方がやりやすいという誘因が働きやすい。

 また、筆者は実際にインフレ率が2%まで高まる必要はないと考えている。国民には物価上昇への抵抗があることからすれば、日銀は物価以外にも金融政策の目標を掲げることがベストだろう。例えば、賃金や名目GDPなどの目標の方が国民生活に金融政策がプラスに効くことを説明しやすい。また、政策目標を変えればインフレ率が2%に届かなくても出口に向かいやすくなることからすれば、日銀は政策目標を掲げ直す時期にあるといえよう。

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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