エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第123話)

第123話:株価に連動する設備投資

 景気の変動は、谷から山を経て、次の谷に到達するまでが一つの循環とされている。こうした景気の山や谷は、正式には内閣府が景気動向指数を基に基準日付を後日決めるが、中期的な景気の循環は設備投資の変動によってもたらされる。このため、景気循環は設備投資の動きで大まかに確認できる。

 経済統計の教科書には、設備投資比率(名目民間企業設備/名目GDP)が設備投資循環をとらえる指標として重要と解説されている。実際、これまでの日本の設備投資比率と景気局面を比べると、設備投資比率が上昇基調にあれば景気も拡大、低下基調にあれば後退局面にあり、景気局面に連動していたことがわかる。安倍政権がアベノミクスを打ちだし、戦後三番目の景気回復期についても、設備投資循環の大底が、直近の景気の谷である2012年10-12月期に重なる。

 一方、こうした設備投資の動向は、株価指数とも連動性が高い。現基準でデータが存在する1994年以降の名目設備投資と日経平均株価の推移をみると、特に2000年代以降になって両者の連動性が高まっていることがわかる。そして、GDPの需要項目では「民間最終消費支出」の比率が約56%と高いが、これまでGDPの変動に最も大きな影響力を持ってきたのは、むしろシェア15%強の「民間企業設備」である。従って、「設備投資の循環で日本の景気循環が決まる」と言っても過言ではない。

 代表的な設備投資の変動理論としては、トービンのQ理論という投資理論の存在が知られている。トービンのQとは「株式市場で評価された企業の価値を資本の再取得価格で割った値」として定義される。企業の価値とは、株式市場が評価する企業の時価総額と債務総額の和である。一方、資本の再取得価格とは、現存する資本を全て買い替えるために必要となる費用の総額となる。そして、Qが1より大きい(小さい)場合、市場はこの企業の価値が既存設備の価値よりも高い(低い)と評価していることになり、投資の拡大(設備の縮小)を求められる。つまり、トービンのQが上昇(低下)すると設備投資が拡大(縮小)する。これは、株主の利益の極大化を目指する企業行動からは当然の結果である。仮に、市場が評価している企業の価値が現存の資本価値より大きければ、企業は資本(設備投資)を増やして付加価値を増産したほうが有利になるが、逆に小さければ、企業は資本を市場で売却(設備投資を縮小)したほうが利益に有利になるためである。

 このように、株価と設備投資は連動性が非常に高いのである。当然、この株価と設備投資の関係は景気の波を発生させ、国が認定する景気の山・谷、すなわち景気の転換点を形成することになる。(第124話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第122話)

第122話:完全雇用、人手不足の現実

 2017年2月以降、日本の完全失業率は3%を下回っており、1993年末に記録した2.8%まで低下してきている。また、有効求人倍率も1990年7月に記録したピークを更新している。

 企業の人手不足感も深刻である。2017年3月調査の日銀短観によれば、全規模全産業の雇用人員判断DIは1992年3月調査以来25年ぶりの人手不足感を強めており、先行きも更に人手不足感が強まると見られている。

 この背景には、2012年12月から2017年4月まで380万人以上の生産年齢人口が減少しているにもかかわらず、同時期に就業者数が260万人近く、雇用者数に限れば290万人以上も増えていることがある。そして、近年の就業者数が日経平均株価やドル円レートに遅れて変動していることからすれば、国内の雇用機会の増加は、大胆な金融緩和に伴う極端な円高・株安の是正に伴い生じていると推察される。

 極端な円高・株安が是正されると仕事が増える背景には、まず円安に伴い国内で生み出されたモノが相対的に割安になることがある。このため、輸出関連産業では製品の競争力が増して販売量が増えることで人手が必要になる。また、輸入代替産業においても競合する輸入品の価格が上がることや、株高で購買力が上がるため、国産品の需要が高まり雇用が必要となる。更には、国内のサービスも価格面から競争力を増すことや株高で購買力が上がる。このため、外国人観光客の増加等も含めてサービス産業への需要も高まっているため、雇用が生み出されていることが指摘できる。

しかし、労働需給がひっ迫している割には、一人当たり賃金の上昇率は伸び悩んでいる。実際、厚生労働省の毎月勤労統計を用いて、所定内給与の前年比を要因分解すると、2015年から一般労働者の賃金上昇とパート比率上昇ペースの鈍化を主因に上昇に転じているが、その上昇率は平均すると前年比+0.3%程度にとどまっている。一方、年次データであるがサンプルが多く、賃金統計で最も信頼性が高いとされる厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、2014年、2015年とも一般労働者の所定内給与は前年比で+1%を大きく超える伸びを示している。しかし、同統計でも2016年は横ばいに止まっており、賃金が上がりにくい構図に変わりはない。

 そもそもマクロ経済学上には「完全雇用」という概念があり、経済全体で非自発的な失業者が存在しない状態を示すとされている。そして、その状態における失業率を下回ると賃金上昇率が加速するということで「完全雇用失業率」と呼ばれている。従って、我が国でも非自発的失業者が存在しない失業率の水準が完全雇用失業率の目安となる。そこで、総務省「労働力調査」を用いて非自発的離職が存在しない場合の失業率を求めると、2010年頃までは3%程度で安定していたが、2017 年以降は2.1%まで下がっている。従って、完全雇用失業率の水準自体がここ7年で1%近く下がっており、賃金上昇率が加速するまで労働需給がひっ迫していない可能性が指摘できる。(第123話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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