エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第78話)

第78話:通貨安に魅了される各国

 年明け以降、米国の製造業景気指標は、先進国の中で最も改善傾向にある。代表的な指標であるISM製造業景況指数は、2015年12月の48.0から16年6月には好不調の分かれ目となる50を超える53.2まで上昇し、米国製造業の景気は昨年末をボトムに回復傾向にある。これは、世界経済の先行き不透明感に伴う米利上げ観測の後退でドル安が進み、輸出競争力の高まりを背景に製造業の景況感が回復し始めたこと、つまり為替要因による面が大きい。

 中国の製造業PMIも、全国人民代表大会を契機とした景気刺激策の加速とそれまでの人民元安で、今年2月を底に急速に改善している。さらに欧州でも、ECBが15年1月から量的緩和に踏み切りユーロ安が進んだことから、企業の輸出競争力の高まりを追い風に、ユーロ圏の製造業PMIが改善傾向にある。

 対照的なのは日本だ。世界経済の不透明感に伴う投資家のリスク回避姿勢から円高が進んだ結果、日本企業の景況感は急激に悪化している。日本の製造業PMIは16年5月に47.7とアベノミクス初期の13年1月の水準まで落ち込み、7月時点で依然として好不調の分岐点である50を下回っている。これは、政府の為替介入や日銀の追加緩和観測の低下を背景に、円高による企業業績への懸念が大きく高まったことによるものであり、日本だけが円高に苦しまられる構図となっている。

 GDPや鉱工業生産指数といった重要な経済統計の先行指標として注目されるPMIと為替の連動性の高まりは、実体経済に及ぼす為替の影響度が従来以上に強まっていることを示す。こうした構図を考える一つの拠り所は、長期停滞論である。これは米国のサマーズ元財務長官が提示した「先進国の長期停滞論」に基づいたものだ。

 サマーズ氏が14年に執筆したコラムによれば、長期停滞とは重大な経済危機や金融危機が引き起こした深刻な需要不足が資本や労働投入を激減させ、潜在GDPを大きく引き下げるとされる。このため、危機後のGDPは危機がなかった場合の潜在GDPに比べると、水準も成長率も低いままにとどまってしまう。

 そこで、金利を引き下げて需要を刺激して危機前の潜在GDPに戻す政策が有効と思われるが、問題なのは従来の金融政策が効かないことだ。すなわちリーマン・ショックのような極めて重大な危機が発生したため、家計や企業といった経済主体の消費や投資行動が大きく減退、政策金利をゼロまで引き下げても、元の状態に回復しなくなる。金融政策が限界に直面した状態だ。この状態では、財政政策で潜在GDPを引き上げない限り、危機前の潜在GDPの水準には永遠に戻らない。こうした特徴は近年の米国経済でみられることから、サマーズ氏が長期停滞論と提唱した。ただ、リーマン・ショック以降の世界経済を見渡しても、日欧はじめ多くの国で成長が鈍化しており、同様に長期停滞論が指摘できる。つまり、世界的に経済のパイが広がらなくなっているのである。そのため、限られたパイを奪う武器として暗黙の通貨安競争が展開されているといえる。(第79話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
永濱利廣

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自己体験をベースにして講師の心得を十訓にした。

第8回:理解を得るように伝える、講師の心得を整理した。

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自己体験をベースにして講師の心得を十訓にした。

マーケティングがビジネス実践において特殊なものではなく、常識的な考えとして浸透してきた今、他者にその基本的な思想や思考手順を説明するためには、心しなければならないことが幾つかあるものです。

自分自身が公開の講座や、企業のワークショップを通じて実感してきたことを整理してみました。

あくまでも個人的な体験をベースにしているので、それぞれの項目全てが一般的にあてはまるものではないと思います。また、研修スタイルの講義よりも、参加メンバーと共に考えを広げることを目的にした機会の方が多い自分の体験は、参考に過ぎないものでもあります。

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清野氏 法政大学 講義

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司

Eメール: maps@mapscom.co.jp

URL: http://www.mapscom.co.jp

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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第77話)

第77話:重要な労働市場改革

 日本では8%の消費増税による8.1兆円の税収増以外にもアベノミクスによる税収は当初の予想より増えており、実は財政状況は良くなっている。日本国債のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の値段が下がっているのもその証拠である。「2020年にプライマリーバランス黒字化」の目標を安倍政権も掲げているが、過去の海外の事例を踏まえれば、黒字にしさえすれば良いというものでもない。事実、アルゼンチンはプライマリーバランスを黒字化した年に財政破たんしており、ギリシャでも緊縮財政でプライマリーバランスを黒字化した翌年に事実上の財政破たんをしていることからすれば、経済成長する中で自然にプライマリーバランスが改善することが最も望ましい姿といえよう。

 一方、日本経済の構造問題としては「供給」の低下がある。具体的には、生産年齢人口が伸びないことである。これをどう解決するかが日本経済の最大の課題であり、移民政策が手っ取り早いが、安倍政権は移民政策には否定的なスタンスをとっている。このため、安倍政権では女性と高齢者に活躍してもらうことでこれを補おうとしており、これが「1億総活躍」ということである。実際、アベノミクスの成果の一つとして女性就業者の大幅増加がある。しかし、一方でこれが待機児童の増加にも結びついてしまっている。従って、いかに待機児童の問題を解消するかがアベノミクスの大きな課題となろう。

 また、日本の労働市場の流動化の低さも大きな課題となっている。この背景には、年功序列・新卒一括採用・定年制等を通じて長く同一会社で就労するほど有利となる雇用慣行がネックとなっていることがある。しかし、OECD諸国で見ると、労働市場の流動化と経済成長率には明確な正の相関関係があり、特に流動化の低いワースト4カ国が欧州の重債務国であるギリシャ、イタリア、ポルトガルと日本となっている。この背景には、労働市場の流動性の高い国は適材適所の人材の移動が迅速に生じて経済成長に貢献することが指摘できる。しかし、労働市場改革は国民受けが悪いこともあり、夏の参議院選挙の公約からは外されていたが、与党が大勝して政権基盤がより安定したことからすれば、今後の進展が期待される。

 今後の日本経済の最大の課題は「移民」の受容であろう。こうした点では、オーストラリアが外国人留学生で地方創生に成果を挙げていることは注目に値する。豪州は外国人留学生を25万人受け入れており、175億豪ドル(約1.3兆円)のサービス輸出の効果をもたらしている。この背景には、地方の学校に行く留学生には移住ビザの制限を緩和させたことがあり、これがオーストラリアの地方創生に貢献している。このため、将来的には日本も、若いうちに留学生として受け入れて、日本の文化や言葉を十分に学んでもらい、一定の要件を満たした優秀な外国人留学生を受け容れるといったことを検討すべきだろう。(第78話に続きます)

永濱 利廣 氏

第一生命経済研究所
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日本の経済を再生する原動力となるのか?

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