清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第39話)

第39話:社会的な行動に必要なことは、ルールよりマナーです。

 毎朝のこと、電車を待つホームで決まったアナウンスを聞きます。「間もなく電車が参ります。白線の内側まで下がってお待ち下さい」と。日常の何気ない音の景色の一つです。余りにも当たり前になると、注意喚起力も衰えてしまうのか、アナウンスがあろうがお構い無しの数人に出会います。ほんのひと時のちょっとした心がけが、他の多くの群集に共通の時間を提供してくれるにもかかわらず、さも無視することを善しとした行動が見えてきます。

 堅苦しく、言われたことをその通りに守れ、と言っているのではありません。一人一人の心がけが、全体の善の状況に繋がることを意識することが、現代社会の基本ではないでしょうか。同じ立場にあるものとして、相手の気持ちを思い知る「相身互い」という言葉。人は他の人と人の間に入ってはじめて成立する「人間」という言葉。どうやら、朝のひと時などは、人を思いやるといった、人間らしい振る舞いを忘れる瞬間なのでしょうか。

 現代の生活空間には、さまざまなルールがあります。そのルールはお互いが守り合うことを前提に成立しています。自分さえ良ければ、何もルールに従う必要など無いといった考えでは、社会生活そのものが成り立たなくなってしまいます。車の運転中に、気に入らないので、この先の赤信号は無視して行こうと言ってしまったのでは、安心して街中を歩くことすら出来なくなってしまいます。自由と勝手のはき違いです。

 全体主義的な考えではなく、一人一人の思いやりが、集団の調和をつくることを忘れてはならないと思います。善きことを守る。それは社会的な基準を生み出す第一歩。集団における、緩やかなルールが、いつの間にか社会的な当たり前となり、人の振る舞いを規定するマナーになるのですから。(第40話に続きます)

清野 裕司 氏
清野 裕司 氏

株式会社マップス 代表取締役 清野 裕司
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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第16話)

第16話:拡大する生活格差・地域格差

 生活必需品の価格が上昇している。この背景としては、①新興国での需要増加などにより輸入品の価格が上昇している、②先進国の量的緩和や新興国の外貨準備を起点とした投機マネーの流入が進んでいる、③異常気象等により農作物の収穫量が減少している――こと等がある。

 特に、米国以外の金融政策が緩和傾向で推移する一方、新興国や途上国が今後とも生活水準を高めていくと見込まれる。こうなれば、世界の食料需給は、中長期的には人口の増加や所得水準の向上等に伴うアジアなど新興国・途上国を中心とした需要の拡大に加え、これら諸国の都市化による農地減少も要因となり、今後とも需要が供給を上回る状態が継続する可能性が高い。つまり、食料品の価格は持続的に上昇基調を辿ると見ておいたほうがいい。

 ここで重要なのは、生活必需品と嗜好品での物価の二極化が、生活格差の拡大をもたらすことである。生活必需品といえば、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、高所得であるほど比重が低くなる傾向があるためだ。従って、全体の物価が上がる中で生活必需品の価格上昇率が上回ると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。

 更に深刻なのは、我が国の低所得層が拡大傾向を示していることがある。こうした所得構造の変化は、我が国経済がグローバル化への対応に遅れたことにより富が海外に移転し、日本国民の購買力が損なわれていることを表しているといえよう。そして、我が国ではグローバル化の恩恵を享受できず競争圧力にさらされた低所得者層の拡大を生み出し、結果として労働者の所得格差拡大がもたらされてきたといえる。

 一方、物価の二極化は、地域格差も広げる可能性がある。公共交通網の目が粗い地方では自動車で移動することが多く、家計に占めるガソリン代の比率も都市部に比べて高い。また、冬場の気温が低い地域では、暖房のために多くの燃料を使う必要があり、こうした地域にとって灯油代の高騰は大打撃だ。電力料金やガス料金も燃料市況に連動するため、原油やガスが上がれば光熱費も増える。

 これに対し、日銀は中長期的な物価安定について「消費者物価が安定して前年より+2%程度プラスになる」と定義している。しかし、コストプッシュで消費者物価の前年比が+2%に到達しても、それは安定した上昇とは言えず、『良い物価上昇』の好循環は描けない。

 従って、本当の意味でのデフレ脱却には、消費段階での物価上昇だけでなく、国内で生み出された付加価値価格の上昇や国内需要不足の解消、単位あたりの労働コストの上昇が必要となる。そしてそうなるには、賃金の上昇により国内需要が強まる『良い物価上昇』がもたらされることが不可欠といえよう。(第17話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
第一生命経済研究所 
主席エコノミスト 永濱 利廣

さて、このたびエコノミスト永濱氏の書籍が出版されましたので、ご案内させていただきます。書店やネット(下の写真をクリックしてください)でお買い求めいただけます。

永濱利廣著
永濱利廣著

図解 ピケティの「21世紀の資本」

トマ・ピケティの『21世紀の資本』が世界的に注目を集めました。

しかし、原著(日本語版)は700ページを超え、完全に読みこなすのは難しいものとなっています。

本書では、難解な点を図にまとめたほか、ポイントを絞って原著に忠実に全体を解説しています。

あわせて、ピケティの著書や発言を参考にして、日本における格差問題やアベノミクスの評価について独自の解説を加えています。

800円+税 ()イーストプレス http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=2378

清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第38話)

第38話:今「否日常」を感じることがあります。

 ここ数年の時代の風が何となく暗く感じます。戦争での殺戮・破壊の映像。得体の知れない病気の加速的蔓延。未成年者の残虐な行為。・・・・こう続くと、明るさを示す単語を忘れてしまうような気がします。

 人の顔を見て「不景気な顔するな・・・」「不機嫌そうな顔して・・・」と言うことがありますが、今の社会にそのまま当てはまりそうな言葉です。「不」「壊」「害」をもつ言葉は、本来そうではない状況を否定している、尋常ではないことを言います。

 人は当たり前と感じる時間の繰り返しに日常性を感じ、その平坦に流れる時を意図的にずらす体験場を、非日常空間として「遊園地」や「劇場」「スポーツ場」「映画館」といった形で創出してきました。今も、時に都会生活の喧騒を離れて、森や山を歩くと、日常の時の流れとは異なる時計を持っているような感覚を覚えるものす。しかし、それは一時的な日常生活からの乖離であって、「非日常」での体験です。

 しかし、ここ最近の出来事は、日常生活の中での尋常ではない状況を伝えています。あたかも、日常なにげなく流れ行く時を否定しているようにさえ感じてしまいます。現代社会の時計が狂っているのでしょうか。通常は起こり得ないと考えていたことが、普通の暮らしの中で起きている。今までの暮らしを否定する「否日常」をすら感じることがあります。

 歴史は創造と破壊の繰り返しの中にありますが、現状を「否定」する前に、先ず現状「肯定」の眼差しを持って、そこにおける問題を探りだすことの方が重要な気がします。(第39話に続きます)

清野 裕司 氏
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エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第15話)

第15話:格差を拡大させる物価の二極化

 最近の我が国の物価は全体としてはデフレ脱却傾向にあるものの、新興国の台頭により嗜好品の価格と生活必需品価格の二極化が生じている。具体的には、購入頻度が低い工業製品等は価格が上がりにくい一方で、食料やエネルギーといった日常的に購入する品目は、新興国の台頭やマネーのグローバル化などで価格が上がりやすい状況にある。そして、こうした物価のばらつきは、生活必需品の価格上昇によって、生活水準の二極化現象に拍車をかけてきた。

 2014年10-12月期の消費者物価指数は前年同期比で+2.5%上昇にとどまり、伸びが鈍化している。しかし、食品等の値上げが相次いでいる割に物価上昇は緩やかに見える。そこで、消費者物価指数を生活必需品(食料、持家の帰属家賃を除く家賃、光熱水道、被服履物、交通、保健医療)と嗜好品(生活必需品以外)に分けて物価水準を比較してみると、嗜好品の価格上昇が限定的である一方で、生活必需品の価格は嗜好品と比べて明らかに上昇基調にあることがわかる。特に生活必需品の中では、光熱水道と食料が上昇している。一方、薄型テレビやゲーム機、パソコン、デジカメといった嗜好品の価格上昇は限定的、つまり、嗜好品価格の弱含みによって、生活必需品の値上がりを緩和しているのが、近年の物価動向の実態だ。
 
 このように、我が国の物価は食料やエネルギーが大きく変動してきたのに対し、それ以外の物価は上昇が限定的であり、これらについては新興国の台頭が影響している。なぜなら、新興国の需要急増が生活必需品の価格を押し上げる一方で、新興国企業の市場参入による競争激化が嗜好品の価格を抑制しているためである。またサービス価格も、新興国の労働力との競争激化による国内の賃金伸び悩みが影響してきた。そして、こうした国内で十分供給できない輸入品の価格上昇で説明できる物価上昇は「悪い物価上昇」といえる。

 そもそも、物価上昇には「良い物価上昇」と「悪い物価上昇」がある。「良い物価上昇」とは、国内需要の拡大によって物価が上昇し、これが企業収益の増加を通じて賃金の上昇をもたらし、更に国内需要が拡大するという好循環を生み出す。しかし、2006年以降の物価上昇や2010年以降の物価下落率の縮小は輸入原材料価格の高騰を原因とした値上げによりもたらされ、国内需要の拡大を伴わない物価上昇により、家計は節約を通じて国内需要を一段と委縮させた。その結果、企業の売り上げが減少して景気を悪化させたことからすれば、「悪い物価上昇」以外の何物でもない。(第16話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
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主席エコノミスト 永濱 利廣

清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第37話)

第37話:「置き」傘から「捨て」傘の時代になったのでしょうか。

 ここ数年は、春は春として長雨があり、さながら「梅雨」の季節を思わせることもあります。夏は瞬間の豪雨に見舞われ、秋は今まで通りの長雨。季節を問わず傘を手離せなくなっているように思います。

 出張の折にも、小さな傘をカバンの中に入れて行きます。持っていると、緊急時の対応も可能と考えてしまうもの。かつては、オフィスや学校に「置き傘」がありました。朝出かける時は晴天であったのに、夕刻からの突然の雨で、帰路は散々な目に遭ってしまうことを避けようとする防衛本能のようなものです。

 しかし、これも少なくなったように思います。突然の雨に遭えば、それはその時。100円も出せば、その場をしのぐための1本の傘を求めることが出来るようになりました。突然の雨が止んでしまえば、無用の長物。通路や階段の手摺りやゴミ箱に捨ててしまう。確かに、目的を全うしたものに、用は無いと考えることは当然のこととも言えるでしょう。雨の日の備え方も変わったということでしょうか。

 しかし、ふと不思議が頭をよぎります。一時的な目的達成のために、多くの資源が使用されています。「所有(する)価値」より「使用(する)価値」への重点シフトが言われて久しいのですが、使用するのは個人的な行動であったとしても、その行動を満たすために使用される価値ある資源は大量です。

 かつて「置き傘」で目的に備えていたものが、今は「捨て傘」が一時をしのぐ。現代の消費行動を垣間見ているようで、良いような、そうでないような・・・・。と思って今日も雨。(第38話に続きます)

清野 裕司 氏
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