清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第167話)

第167話:人生の主役は誰?「〇〇の」が付くのは脇役?

 夏休みも終わり、小さな子どものいる家庭では、夏の1ヵ月半とは異なった生活時間が始まりました。それぞれが、各自の生活空間に戻っていき、主役の座に戻ることになります。人生は一人一人が主役の舞台を持っているもの。しかし、昔からのことではありますが、家族間の呼称についてある思いがよぎることがあります。夏休み期間中によく耳にした夫婦間のやり取り、「パパ」「ママ」と呼び合うシーンである。

 特段にそのことが悪いとは言わないが、呼ばれている本人たちは、自らの人生舞台でいつの間に主役の座を明け渡しているのだろうかと感じる時です。「パパ」は子どもを主役にしたときの、対象呼称。「ママ」もしかり。子どもを前にしたならば、そこにコミュニケーションの三角構造が出来るので、何ら違和感はありません。しかし、子どもが介在しない二人だけのやり取りに、お互い「パパ」「ママ」。結婚した当座は、違う呼称を使っていた筈です。名前で呼び合ったりしたのではないでしょうか。それが、子どもが出来た途端に子ども主役の呼称。何故それ程早く、自分が主役である自分の人生で、脇役になってしまうのでしょうか。

 子どもが小さいときの呼称が、そのまま何年も使われることがあります。「○○ちゃんのパパ」「△△ちゃんのママ」といった呼称。その子どもが二十歳を過ぎても、そのままということもあります。不気味な感じがします。

 いつの頃からか、自分の伴侶を「奥さん」と言う場面に出逢うことがあります。他人に自分のもっとも身近な存在を知らせるのに、何故丁寧語を使わなければならないのでしょうか。それ程、自分にとって距離のある存在なのでしょうか。自分を主役にした状況であれば当然「女房」「妻」「家(うち)の者」「パートナー」といった呼称もあるでしょう。

 夏を終え秋になる。人生の主役は誰か、もう一度じっくりと考える季節かもしれません、そこにいる「パパ」&「ママ」。(第168話に続きます)

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 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

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ジパング・ジャパン

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