清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第155話)

第155話:時を知るのは、一人ひとりが持つ「気時計」だと思います。

 年に数回、企業のマーケティング・スタッフと時を共有し、あるテーマをディスカッションしながら未来を描くワークショップを実施します。その時間のほとんどは、一日フルタイムです。かといって休憩無しのマラソンレースではなく、途中途中に小休止を入れ、頭の回転が鈍らないように考慮します。ある時はお茶を飲みながら、ある時は菓子を口に運びながら、その日のテーマから思考の回路が外れないように心しています。

 一旦休憩して、定刻に再度エンジンを噴かそうとすると、大体一人か二人が揃いません。2~3分ほど遅れての入場です。場合によってはそれ以上の遅刻もあります。さも何事もなかったように着席して、周りを見回します。すでに議論が少し前に進んでいるケースがほとんどです。ただ、そのような場合にも、当の本人は何も気にしていません。かえって、こちらの方が何か悪いことでもしたような気になります。当人にしてみれば、何も目くじら立てることではなく、少し遅れたくらいでとやかく言う必要もない、との思いがあるのでしょう。
 
 同じような体験は、研修の場合にもよく遭遇します。人が他人の話を集中して聞くことの出来る時間は90分がひとつの目安と言われます。それに沿ってやはり、90分弱で休憩を取るように心掛けます。再開の時間になっても、まず全員が揃うことはありません。数名がやはり、少し遅れてあたふたと入場します。特段目ざわりということはありませんが、なぜ時間通りに行動できないのかを不思議に思う時です。

 生活の中でも、目に見えることはなくとも気にしておかなければならない筆頭格に「時間」があると思います。「気に」しなくなれば、何事もないのですが、それでは全体の統制や調和が図れません。目に見えぬからこそ、大切にしなければならないのです。どこかに移動する際に、定刻を過ぎれば新幹線も飛行機も出発してしまいます。少しくらい遅れても・・・の道理は通じないでしょう。

 時の流れを気にしない人は、気持ちの中に明快な時計を持っていないのでしょうか。一人ひとりの「気時計」です。「気づき」も少なく、他人への「気働き」も無いのでしょうか。そのクセに「気位」だけは高いのかもしれません。やっかいなことです。(第156話に続きます)

2016-11-16%ef%bc%9a%e4%b9%9d%e5%b7%9e%e7%94%9f%e7%94%a3%e6%80%a7%e2%91%a0

 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

10冊目の新書が出ましたので是非お読みください。

清野裕司の「ビジネス心論」


今、マーケティング・スタッフには効率よく作業をこなすためのスキルを高めることよりも、幅広い視野で変化を敏感に捉える感度(センス)が問われています。起きている現象を見る目だけではなく、時にもう一つの目(心眼)を開いて、今迄と今を見直し、明日への道を切り拓いて行くように、自らの心に問う学びの志です。
学ぶこと考えることの楽しさを知った自らのビジネス体験を、次代へと歩み行く方々に伝承しておきたいと考えて「心論」と題しました。

※内容の案内/購入手続きはコチラ

Amazon からのご購入はこちら  をクリックしてください。

その他の書籍は下の写真をクリックしてください。

DSC_0165
その他の著書は上の写真をクリックしてアマゾンからご購入ください。

 

投稿者:

ジパング・ジャパン

「にっぽん」を世界へ、情報発信していく会社です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください