清野裕司のマーケティング・コラム/風を聴く (第116話)

第116話:「むかしばなし」は想像力を養うもとになると思うのですが。

 現代の生活を見回してみると、話しかける相手が人間ではないものが多いのに気が付きます。TVの番組を見ていても、一方的に流れてくる情報に、ひとり相槌を打ったり、反発したりすることがあります。パソコンを開いてインターネットに繋げば、その小さな窓からのぞかれる世界が全世界になってしまいます。語るべき相手がいないので、どうしても独りよがりな解釈がまかり通ってしまうことも多くなるようです。

 かつて日本には、子どもに聞かせる「むかしばなし」というものがありました。今も勿論あるのですが、どうも様子が違っているように感じます。そもそも「むかしばなし」は場所を特定したり、時を特定したりといった現実を語るのではなく、そこに隠されている思想や人として守るべき根本を伝えるものだと思います。だからこそ、多くの話が「むかし、むかし・・・」と時を特定せず、「あるところに」と場所を特定することなく話が始まります。登場人物も、歳を重ね徳を積んだと思わせる「翁(おきな:おじいさん)と嫗(おうな:おばあさん)」と決まっていました。

 「欲深い思いでいると罰があたる」「善行を積むと巡り巡って善いことが訪れる」「目立たないことでも良い行いは報われる」「邪悪はいつか滅びる時が来る」・・・・。人の生きる基本の道を告げているもので、「勧善懲悪」の思想が底流にあったように思います。子ども心にも、その思想が植えつけられていったものです。

 ところが最近、桃太郎に登場してくる「犬・雉・猿」は、他の動物でも良いのではないかといった発言を聞きました。物語に登場してくるのは確かに動物ですが、それはあくまでも置き換えです。犬は「忠義」、雉は「勇気」、猿は「知恵」の置き換えであり、それを束ねる桃太郎は、まさに人が持つべき「仁」と理解することが出来ます。

 人との会話が乏しくなると、目の前に示されたもののみをリアルとして理解してしまうのでしょうか。とすれば、創造力の原点である「想像力」が養われるいとまがなくなってしまうように思うのですが。

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 2016年11月の九州生産性本部での授業風景
株式会社マップス 
代表取締役 清野 裕司

当ブログの寄稿記事を元に加筆編集しました新書が出ましたので是非お読みください。

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「清野裕司のマーケティング考 風を聴く」

今、経営に新たな思考力が求められています。市場にはどのような風が吹いているのでしょうか。風の音に耳を澄ませていると、次代に向けた風の通り道から、マーケティング思考で未来への道標が浮かんでくるかもしれません。それはまた、自分の心に吹く風の音を聴くことにも繋がるのではないか考えました。

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投稿者:

ジパング・ジャパン

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