エコノミスト永濱利廣の経済コラム (第17話)

第17話:日本の格差の歴史

 第二次世界大戦以前の日本は、所得階層トップ1%が国民所得の20%を占める欧州と同じような格差社会だった。しかし、敗戦国となった日本では、占領軍によって農地開放、財閥解体といった政策が行われる。それまで小作人からの借地料で優雅な生活をしていた地主は、その利権をほとんど手放すことになり、財閥の当主として富豪の位置にあった人々も単なる株主へと追いやられた。

 所得階層トップ1%の国民所得に占める割合は戦後6%程度に下がり、2000年までは6~8%で推移してきた。2000年以降は再び所得格差が拡大し、現在は10%程度となっている。日本は大陸欧州とほぼ同じ水準で、アメリカやイギリスほど所得格差は大きくない。

 戦後の日本における所得格差の歴史的背景を考えてみると、まず高度成長期の日本では毎年給料が大きく上がり、全体で成長しているという感覚があった。実際には1960年代前半にトップ1%の国民所得に占めるシェアが8%を上回り、1970年代前半まで8%前後で推移していた。格差は若干拡大していたが、感覚的にはそうではなかった。1億総中流意識が芽生えてきたのもこの頃のことである。

 1980年代後半のバブル経済になってくると、多くの人が格差を意識するようになる。株式や土地の価格が高騰し、資産を持っている者がさらに豊かになるという構造が明らかになってきたからである。バブル時代の格差は、裕福な者がさらに裕福になっていくという格差だった。その波に乗ろうと中間所得層の中にはわずかな手持ち資金を株や不動産に投資する人もいたが、その多くはバブル崩壊で大きな損害を被ることになる。

 バブル崩壊後、日本はデフレ経済に陥る。企業は人件費を削減するためにリストラを行い、新規採用を大幅に減らした。就職先を失った若者は、非正規雇用の道を進まざるを得なくなる。こうして非正規雇用の比率が高まり、所得格差は広がっていった。

 2000年代半ば以降は、デフレ経済とともに円高が進み、経済のグローバル化が進んでいく。経済のグローバル化は、先進国と新興国の市場の一体化をもたらした。国際競争力を高めるため、企業は安価な労働力を求めて海外に工場を移転した。輸出企業の多くが円高で苦しむ中、海外生産したものを輸入販売することによって高い利益を得る企業も出てきた。また、インターネットや携帯電話を利用した新たな業態が多くの人々の支持を得て、急速に伸びてきた。こうした企業の経営者の中には、高額の報酬を得る人や多額の資産を保有する人も少なくない。この一方で、国内では非正規雇用の割合が増大し、所得格差が広がっていった。

 これは裕福な人がさらに裕福になり、低所得者層の所得がさらに下がるという両面の格差である。とは言え、アメリカやイギリスと比べれば、依然として日本では経営者層と労働者層の格差はそれほど広がっていない。また、戦前に比べれば所得格差は非常に小さい。経済成長期の終身雇用、年功序列という過去の栄光がイメージとして残っているため、少しの格差拡大で格差が広がったという意識が高まりやすいのかもしれない。(第18話に続きます)

第一生命経済研究所  主席エコノミスト 永濱 利廣
第一生命経済研究所 
主席エコノミスト 永濱 利廣

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投稿者:

ジパング・ジャパン

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