No.39 テレビではもはや新しい発見は難しいのだ

子供の頃からテレビを見て育ち、あんなに大好きだったテレビだが、今はあまり見ない。なぜだろうか。つまらないからだ。ありきたりのコメント。お決まりのトークやニュース、そして、かっぱえびせんのように、見始めると最後までみてしまうドラマだが、ただお腹が膨れるだけで、後味がよろしくない。

なぜなのか。テレビではもはや発見ができなくなったからだと思う。テレビが与えてくれる情報はすべて、私たちの日常の反省点を指摘してくれ、健康や生活や人生の修正には役立つが、見たこともないような世界を見せてくれたり、心を揺さぶるような考え方や感情を発見させてくれたりはしないからだ。

大半の人たちが同じようにがんばってきた時代ではなくなったのだ。もはや頑張ること自体も美徳ではなくなっている。これまで人は夢を追っかけて、うまくいかない時は大いに反省し、ダメなところを修正して前に前にと進んできた。そんな時代はもう終わったのではないだろうか。

そして一律の美徳や価値観に縛られ「腐ったミカン」が捨てられる時代はまだよかったのだけれども、挙句の果ては、どのミカンも腐らないように、除菌・滅菌、冷凍保存などというミカンの環境を無菌化する社会になってしまっている。禁煙とか環境とか温暖化対策など無菌化社会の象徴のような気がする。個々の抵抗力を信じない社会だ。

反省しなければ社会人にはなれないし、誰からも相手にされないから、みんなテレビにかじりついて、同じ価値観を学習してきた。人は何かを目指すと誰でも失敗する。あるいは先輩と同じことをしようとして失敗する。失敗するから反省がある。場合によっては人生の軌道修正もあるのだろう。

反省ってそんなに大事なのだろうか。失敗したって反省なんかやめて早く失敗したことを忘れるほうがいいのではないか。チャレンジの結果、失敗。そして自分の努力や能力の不足を強烈に感じ、反省して悩んで、修正して人は「社会人」になる。でも「人物」にはならないものだ。

「人物」とは個性の上にあり、「社会人」は常識の上にあるからだ。失敗したら反省なんかやめちまって、新しい世界を発見すればいい。大学受験、就職に失敗したら、そんなのやめて新しい世界見つけたほうが、健康的ではないのか。

人が何かを目指すとは、自分かほしいsituationなのだ。金持ちになりたいとか人気者になりたいとか威張りたいとか。いい大学や就職ができればsituationがあがるが、失敗すればそれが得られない。

そうじゃなくて、statusを目指すとこが大事だ。つまり自分の立ち位置。それは誰が決めるのか。他人に決めてもらったり、合格したりすることではなく、自分が勝手にそう思えることだ。就職にことごとく失敗して、違う道を進んで、statusが上がったっという人はいくらでもある。

それができるのが、反省や修正からではなく、新しいことや考え方を発見できたときにおこる。反省は昔の延長戦上にあるが、発見は新機軸上にある。さてさて、これは昔のテレビにはできたかもしれないが、いや、それでも賢い人は、テレビより本を読ンでいた。

もちろん、行動の後には失敗が必ずある。反省は過去の延長線。ならば、反省なんかやめて、失敗を超えた発見をしていくのだ。失敗を9すれば発見を10するだけだ。そのために大事なのは、世の中で成功した人や偉い人から与えられた情報はその人だけのケースとあきらめて、自頭で考え、発見することだ。

本が一番だが、IT化が進んでいる世の中。WebやYoutubeの方が、本より時間とコストを節約できるメリットもある。あなたの人生の影響を与える力では、テレビはもう完全に終わっている。

No.38 まだまだ鼻たれ小僧

長崎生まれの私の周りには世話好きなおばちゃんたちがたくさんいました。そして彼女たちは誰よりも長生きしました。きっと人の寿命はそんなところにあるのかも知れません。

縁があって6年間過ごした大分は、大学もそして自然や人情・風情も本当にいい思い出です。住めてよかったと今でも思っています。昭和の最後を大分で過ごし、恥ずかしい限りの修士論文を書き上げた私は東京の証券会社に就職しました。

会社に入って困ったことに日経新聞の記事を理解するに一苦労しました。世の中はマクロ経済理論で動いていたのだと、ミクロ経済学専攻の私は愕然としたものです。一方東京の有名大学でマル経や法律を専攻したエリート連中はマクロ理論に驚くほど精通し議論も鮮やかでした。

株価や金利、為替、経済政策を動かしているのはマクロ理論でしたが、時代は金融テクノロジーが持てはやされ始め、ミクロ専攻で適任と思われたのか、ディリバティブの部署に配属されました。しかし、データ容量の恐ろしく小さいPCで株の売り買いのシグナルを出そうとあがいていたぐらいですから、今思えば苦笑いするしかありません。

驚いたのは、日系の証券会社から外資系に移った時です。海外の金融テクノロジーが学べると思ったのも束の間、外人の上司にコーポレートカードとタクシーチケットの束を渡され接待して来いと言われました。世の中はどこでもコテコテなものだと悟らされ、やがて業界を離れました。

高齢化の時代に突入します。いやでも100年生きなければならなりません。坂の上の雲を目指した前半50年の人生が終わる頃には家庭や子育ても一段落し、今度は長い、長い坂をくだる後半50年の人生を誰もが経験することになるでしょう。後半の人生を楽しめるか否かは、長崎のおばちゃんたちを見習う必要がありそうですが。

ただ後半の人生はいつお迎えがくるか知れませんので、何かやるにしても命がけで臨まなければいけないようです。50歳で脱サラして今年8年目になりますが、まだ後半人生の鼻たれ小僧です。

No.37 Be Do Have

キリストは「持てる者はますます富み、持たざる者は更に失う」と言っている。特に資本主義は金持ちをより豊かにし、貧しい者たちをますます貧しくした。また神は生まれた場所や家ですでに持てる者と持たざる者を分け、さらに才能だって持てる者と持たざる者を分けてきた。

人は豊かさを求めるがため、持てる者を時には羨むが、たいていは尊敬し従順に従わざるえない。持てる者の言うこと聞かなければ、職を失い、家を失い、時には家族さえも奪われるからだ。そして持てる者はますます豊かになっていく。…..持たざる者は生まれながら自由すらも得られないのだろうか。

持たざる者は、常に持てる者に近づくために、彼らの機嫌を伺い、嫌でもやらねばならな事に常に振り回され生きる。持たざる者の行動はいつもHave to Do なのだ。Have のためには自分のDo をtoでくっつけねばならない。「やらなければならない」という意味になる。

自分の生存、あるいは家族のために「やらなければならない」のが今の世なのかも知れない。が、本当に生きるために嫌でもやらなければならないことがそんなにたくさんあるのだろうか。もちろん今日より明日が豊かになってもらいたい。しかし、今日より明日は自由がなくなっている。

嫌でも「やらなければならない」のであれば、しかたない。やりたいふりをするか、やりたくなるように洗脳されてしまうかが大人の生き方ってわけだ。これがちょっとでもひずみ出すと、うつ病とかの精神の病気だけでなく、体自体もおかしくなってしまう。

お金にしろ、血筋にしろ、才能にしろ、生まれた時からある程度は決まっているが、それを努力という宗教的な呪縛でもって、一所懸命頑張って少しでも豊かにと、持てる者に近づこうと躍起になる。でもキリストははっきり、持たざる者は更に失うと言っているではないか。自由すらも失ってしまう。

これはまさに持たざる者の奴隷的生き方ではないか。決して間違えてはいけない。我々のGoalはHave(持っているか持っていないか)にしてはいけないことを。確かに生まれながらいろんな意味で不平等に我々は存在するように見えるが、それは単にいろんな人生の下に生まれているだけなのだ。それを金や才能でという物差しで測れば不平等だというだけである。人間が勝手に決めた物差しで見ているだけだ。

真実はといえば、同じ時代に生きた人々はこの世に平等に命があるということだ。確かに、たった今生まれた人もいれば、今にも死にそうな人もいる。寿命だって長さは不平等である。しかし、今現時点で見れば、Be 生きているという紛れもない事実が存在する。つまり、人も社会もHaveからではなくBeから考えた方が自然だ。

生きていることから始まる。思考や行動はそこからスタートさせなければならないのだ。なのにHaveから議論を始めるは、自由を最初からあきらめているようなものだ。自由なんかいらない。奴隷的な生き方が平和でよしとする人もあろうが、それではちと寂しい。

もし、GoalをHaveからBeに変えて考え始めると、目の前には自由という海原を見る。その海原は時には嵐にも見舞われるが、運を片手に大海に乗り出すという自由を手にできるのだ。

Goalを目指すためにはWantがなければならない。しかし、Want to haveをGoalにすると自由を謳歌できませんよ。と言っているのだ。まずは、金が欲しい。家が欲しい。名誉がほしい。というHaveを捨て去ることがから始める。

なんでも自分の物にしようとする萬集癖と、人を比べたり、人まねすることをよしとする資本主義のHaveから始まる考え方から脱却していかなければならない。Goalのために重要なのはWant to Have ではなく、Want to Be なのだ。まずは生存したい。そして、何かになりたい。なのだ。

これをGoal として考えることから始めなければならないのだ。その前にBeとは何かを考える。社会で言えば、Be は文化であろう。自分らにあった居心地がいい環境を皆で、何世代にもわたって築いていったものを文化と言ってもいいだろう。

個人でBe は、職業とかもかかわってくるかもしれないが、家庭や社会でなんかの部分の役割を持つことかもしれないし、時には礼儀正しい人とか律儀な人とか、明るい人とかの社会に貢献するその人の性質をさす場合もあろう。

Beは文化であり、個人ではそれがcomfort zone(居心地のいい状況)になる。誰だって居心地のいい状況が続くのが一番いいのだ。例えば金の例を出した方がわかりやすいので使うが、自分は年収500万円ぐらいの人間だと思えば、1億円の宝くじが当たると浪費してしまう。一方失業して100万円ぐらいになると、何とかしなければならないと自然と思う。

500万円がその人のcomfort zoneなのだ。間違っていけないのは、comfort zoneがGoalではない。Goal はWant to Beなのだ。金の例を再度出せば、年収1億円のものになると思うことがWant to Beである。しかしWant to have 1億円ではだめでBeから入るというが重要だ。Goalには金や物ではなく、自分がどうなりたいかを設定する。

もちろん今、Have nothing 元手になる資金もなければ才能もなくていい。まずは自分のBeを作ることだ。自分は、人と比べることも、人がまねることもできない何者かであるという自分を作ることだ。その自分は夢物語に近いことでも全然かまわない。

重要なのは、まず信じ思い続けることだ。そこにはHaveがなくても、Be VS 現実の中で自由な発想が生まれる。そこに知恵が生まれる。これがやがて生きる力になる。自分に必要なDoがわかるようになると仲間ができる。そしてBe Doing というようにBe とDoが有機的につながる。今やりたいことをやっている、やろうとしているDoになる。

何度失敗しても常にWant to Be を言い続けよ。ルフィーのごとく「俺は海賊王になる」と。できれば声高に。そこから全ての物語が始まるのだ。これが人生なのだ。

No.36 神風はもう吹かないのか。

相撲ファンとしては、偏った意見かもしれないがあえて言いたい。白鷗と貴乃花親方の確執は日馬富士の暴行事件後も収束することなく深まるばかり。そりゃ仕方がない。元の思想と日本の思想は違うんだから。日は「和」を重んじる。強いものは弱いものを助け、育てる義務を持つ思想だ。元は強いものがそれだけで称賛される文化を持つ。

子供のころ、誰が決めたか知らないが「がめんちょろ」というシステムがあった。まだ私の幼いころは、上は小学生高学年から下は幼稚園までが一緒に狭い場所で遊んでいた。そういう記憶が鮮明に今でも残っている。同級生だけで遊びだしたのは、小学生の高学年になったころからだったかもしれない。

小学生と幼稚園では1年2年違うだけでも体力の差は歴然である。ところが、その当時鬼ごっこにしろ、コマ回しにしろ、かくれんぼにしろ、メンコにしろ、いつも上級生は下級生に対しハンディをくれる。上のものにとってはハンディがないと、勝ってばかりで面白くなかったのだろう。しかし下のものは、たまに上級生に勝つことがあった。実はそれがすごい自身にもなったし、いつもは威張っている年齢が違う上級生が友人のような気にもなった。

昔の角界も実は、こんなもんではなかったのかなと思う。横綱の品格とかよく言われるが、今思えば「がめんちょろ」を許してくれた上級生の姿と重なるような気がする。一時角界で、八百長問題が出た。確かに何試合も何場所も数をこなさなければいけない格闘技の世界では、ガチンコでぶつかり続けると、けがや故障は絶えないだろう。格闘技者は若くして引退になってしまう。

しかし、試合はもちろんガチンコでなくてはならない。これなくしては競技は、観客が興ざめしてしまう。相撲は演技ではなく、真剣勝負でなくてはいけないのだ。ならば、早い話、場所数を減らすか、あるいは力を抜くとかしなければ、どんな頑強な力士も短命で終わってしまうだろう。本当の実力も発揮できず、怪我や故障で相撲人生を終わらせるだけの力士も出てくるかもしれない。老齢のレスラーが実に味があるものだが、お目にかかる機会もなくなってしまう。

そこで言いたいのだが、白鳳は日本人から見ると、そんなに偉いのかって話になる。朝青龍もそうだったが、優勝回数だけで力士の偉さが決まるのか。横綱は確かに強い。しかし、横綱は、強さだけで横綱でいいのか。本当の横綱の強さがあるのではないか。相撲にはいろんな技や手がある。記録を伸ばすために、横綱はどんな手を使ってもいいのだろうか。もちろんルール上は何の問題もないとしても、勝てば官軍じゃ。なんかさみしい。

勝てばそれでいいのだろうか。勝者が天下を取り続けるのは元の文化だが、日本は同じ勝ち方、負け方にも、カッコよさ、潔さが付きまとう文化があるような気がしてならない。「海ゆかば」ではないが、負け自体に美学がある。実質は大事だが、カッコよくないといけてないのだ。絶対勝てる相手に勝ってもあまりカッコよくない。たとえば自分の得意手は使わず勝つのだとひそかに決め、土俵に向かうのが強者の心意気なのかもしれない。もちろんガチンコ勝負なので、得意手を使わなければ、強者というども小さな気のゆるみやミスで弱者に負けるかもしれない。

しかし負けは負け、技やキャリアではなく気持ちで勝負して負けたのなら、後輩を評価するのが強者の誇りだ。弱者にとってはたとえ勝ったとしても手を挙げて喜ばない。おごりなき勝利といういう実にいい勝ち方を学ぶ機会にもなるだろう。それで、一場所ごとに、強者は強者なりの試練を乗り越え、乗り越えた分、下のものに何かを残す。優勝は記録ではなく、どれくらいいい試合をしたかだ。

1984年のロスオリンピック、山下選手は足を負傷していた。エジプトのラシュワン選手は怪我している山下選手の足を終始責めず、最終的に金メダルを逃してしまう。彼は柔道を通して日本を知った選手だった。

モンゴル人はアングロサクソン人に先駆け、全世界を征服した偉大なる民族だ。でも世界を征服した民族には、正直どことなくついていけない自分がいる。再び、目の前の元の襲来に対して神風は吹くことはないだろうか。

No.35 どうしても理解を超えるものは存在するのだ。

(問)なぜ月と太陽は同じ大きさに見えるのだろうか。
(答)それはそれぞれの距離がちょうど同じ大きさに見えるところに地球があるから。
(問)なぜ地球はそのような距離に位置するのか。
(答)偶然である。
世の中、どんなに理詰めていっても、結局最終的には偶然という答えに突き当たるものだ。
偶然はどうしても理解をはるかに超える部分であり、神の存在を作る。

きっと、どんなに解明し理解しようとしたところで、できないのは偶然というシステムがこの世界を支配しているからだ。仏教ではそれを「自然(じねん)」というだろう。頭で解明し理解できる部分を「理」と呼び、偶然に従わざる得ない部分を「自然(じねん)」という。この自然を受け入れなければ、この世の中は実に住みにくい世界になろう。

科学の限界は「理」に基づくため、どうしても偶然をうまく説明できないことだ。もしこれを科学が説明しようとすれば、確率の世界に落ち着くしか今のところない。東京タワーの天辺から、枯葉を一枚落としてどこに落ちるのかは、落ちる範囲はわかっても落ちる場所はわからない。しかし確率を発見した科学はやはりすごいと思う。

人間は周りの現象を大脳皮質で「理」として受け入れるが、「偶然」はどこで受け入れるのだろうか。きっとそれは古くからある脳の部位だろうか。生物が誕生して生体の組織化の中で最初に作られた神経回路の集中部位だろうか。たとえ大脳皮質だとしても、それは決して「理」で測る部分、あるいは同じ神経パターンではなさそうだ。むしろ「情」が生まれる部分かもしれない。

「偶然・自然(じねん)」は「情」によって人間は認知しているのかもしれない。「情」によって、脳内にある乱数表を用い、偶然の現象をある確率で理解する。十中八九とか万が一とか言って自然(しぜん)と受け入れるだろう。それは一方で偶然ではあるものの必然性も感じる能力である。そうでないと偶然に対して、また今の環境や自分の立場に対して、なぜなぜの理詰めなってしまい疲れ果ててしまう。

これは将来を予測するのがどこまで可能かという問題にもつながる。人は将来何が起こるのか不安である一方で未来に対し密かな期待も持つ。今のBeと未来のBeは何でつながっているのだろうか。何かでつながっているから、もし今の自分がタイムスリップして過去に戻ったならば今を変えられるかもしれない。タイムスリップする前の今と後の今とは同じ時間軸上にはないだろうが。

したがって、将来は今があって将来であり、過去があって今があるという当たり前の話になる。過去は「理」によって理解できるが未来は「理」だけでは理解できないものだ。我々ができることといえば乱数表を基に探ることぐらいだからだ。あるいは何もせず、流れに任せて生きるってことは可能だ。それも悪くない。だって何かやったからって未来が大きく変わるとも言えないからだ。

未来は変えられないのか。いいや、幾万通りの未来があるだけだ。台風の予想進路図のように、未来は幾万通りの確率であり、未来が今となって今が過去となっても、常に未来は乱数表に支配されている。人間に当てはめて考えるとどうか。今を生きるとは何か。過去を生きたとは何だったのだろうか。そして未来に対してどのように向き合わなければならないのか。

そもそも我々は未来を思うように創ることができるのか。そのヒントは生物の進化の中にあるような気がする。人間の英知は未来を思い描くように創るために生まれた。しかし一方で、教養とは知らないことを知ることだと誰かが言っている。私は教養とは明日を思い描き創造しようとする力なのだと思う。教養がないとは今日の延長を明日も生きることだ。もちろん教養のない生き方もありだ。

しかし生物は太古から今に至り進化してきたし、人間は進化を進歩に変えてきた。生物は過去に起こったことを理解し、今という環境を乗り越えるために進化し、未来を生き続ける。もし地球に隕石が衝突して人類が完全に滅んだとしても、地中深く生き残った微生物が、何十億年と進化し続け人間的な生物を再び作り上げるだろう。

これこそが、まさに「理」でありまた「自然(じねん)」である。つまり生物にとって今を生きるとは明日を創るということなのだろう。そのため、過去を理解し未来を創るために今を生きているに過ぎない存在なのだろう。つまり今を生きる「命(いのち)」とは、言い換えると明日を創る「命(めい)」いわばミッションなのだ。なぜならば生物とは永遠に命を渡して生き続けるシステムなのだから。

未来は確定できない乱数表の中に存在する。「理」を超えている世界だ。だから生物は「情」によって未来を創造してきた。「理」は過去を考察し、「情」は未来を想う。

No.34 小津映画から見るコミュニティー

小津監督の映画の中に、昭和40年代の都市型コミュニティーを生き生きと描いている。会社では役職に就く年齢の親父たちなのだが、学生時代の旧友の葬儀に集まって、先立たれた妖艶な奥さん(原節子)とその娘のことを話す場面から映画が始まる。

実に面白いのは、恋などとうの昔の話だったのが、大の大人たちは、奥さんや年頃の娘さんの話をするうちに何やら、色めき立ち始める。娘の婿候補に会社の部下を進めたり、あいつは性格がよくないとか、自分の恋愛相手を探すがごとく、いい大人たちが色めき浮つく。

人の娘の世話などは今ではあまり見られない風景だろう。余計なお世話に過ぎないのだから。小津は映画をハッピーエンドで終わらせる。大人たちは、なんやかやと言いながら、結婚などまだ早いと思っていた娘をその気にさせ、うぶな男の尻を叩き、娘は恋愛し結婚する。

ひと昔の村では、村長の世話や一家の家長の一存で、見合いもなしに結婚させられていた時代からすると、都会はスマートなのか世話する大人たちの嫌味もない。それより、とうの大人たちが、人の娘の世話話で色めき立つのが面白かった。

昭和40年代の日本はまだ都会でも、家族をひと回り超えたコミュニティーが存在していたのだ。今は核家族が進み、嫁さんは亭主の友人や会社の同僚が家に来ることを拒絶する。それが、果ては定年離婚、孤独死とつながっていってるのかもしれない。

コミュニティーとは、誰それの息子が大きくなったとか娘がどこそこのに嫁にいったとか、身近な人を肴に、集まって酒を飲めることかもしれない。最近では腹立つ上司の悪口を言う飲み会すらなくなりつつある。

コミュニティーが単なるブームでなく必要とする文化的システムとすれば、昔のコミュニティーを懐かしみ、また再び何らかの形を変えて出てくるような気がするのだが。

No.33 意識とは苦悩を感じるために生まれたのではなかろうか。

母は48歳で突然他界してしまった。そう言えば、昔からもう死んでもいいとか、次に生まれる時は、花に生まれ変わりたいなどとよく聞かされたものだった。父が病がちで、洋裁で暮らしを支えていたこともあり、生きることが苦しかったのだろう。クリスマスイブを前にして、脳出血でそのままに逝ってしまった。

そう言えば、自分も最近仕事がうまくいかず、死にたいなど思ったりする。特に若い頃と違って、歳を重ねると死そのものがそんなに怖くなくなってくるから、始末がよくない。あんまり思っていると、お袋みたいにポックリ逝きそうな気にもなる。しかし、まだやることはある。

どうも無意識で思ってしまうことが現実化することは多々あるようだから注意しないといけない。さて、無意識てはなんだろうか。それに対して意識もある。この2つを同時に考えてみることにした。

よく言われるのは、無意識下では「人称」と「否定形」がないそうだ。私とかあなたとか彼らとかの人称がないということは、そもそも無意識下では「個」が存在しないのではないか。また「否定」がないとは、思ったことが即、現実的世界になる、いわばバーチャルな世界なのか。

勝手に想像するに、無意識は生命体がこの地球に生じた何億年にさか上る生命起源からの進化の記憶がこの無意識を作り上げているのだろう。無意識には受け継がれた生命の記憶があるだけで、伝える言語も遺伝子という記号に近いものだろう。

そこには個とか社会の記憶は一切ない。進化の過程つまり、生命が数億年受け継がれてきた記憶しかない。これこそ個々の「我」が入る隙間のない生命の掟、我=宇宙であり、生物学のルールしかない世界なのだろう。無意識はこの法則で形成されている。

一方、意識下は数億年に比べると長くても数千年の言語的記憶の世界だろう。生まれてすぐに母親の言葉を学び、それを使って社会を作り上げる世界だ。遺伝子的言語が「ゆらぎ」を持たない記号であるのに対し、意識下の言葉はその時代の社会また地域によって意味が変わる「ゆらぎ」を持つ言葉で作られる。

「ゆらぎ」の言語にはあったりなかったり、できたりできなかったり、よかったりよくなかったりの対となる「否定形」が存在する。また個と集団・社会という「人称」が存在する。意識とはいわば数千年に渡る民族社会の言語的記憶によって形成されている。

意識は社会の掟に常に見張られ、無意識は生命宇宙世界の法則に縛られている。前者は社会的ムードや空気に支配された情緒のある我々が使う言語で情報のやり取りをし、後者は記号的な幅のない原始的言語で情報のやり取りをしている。

そしてこの意識下と無意識下との情報のやり取りは何らかのプロトコルを使って行われているのだろう。このプロトコルを最初に発見したのがブッダだった。かれは「天上天下唯我独尊」と言った。プロトコルを渡って自他の区別がない無意識の世界を発見した。

それだけでない。意識の存在理由を見出す。それが「苦」の発見になる。苦を肌身で感じるために「意識」は生まれたのかもしれない。ブッダは「欲界・色界・無色界の三界の迷界にある衆生はすべて苦に悩んでいる」と宣う。しかし「苦」はリスクマネジメントの手っ取り早い手立てにはなる。

赤ん坊が意識世界に生まれ出る時、息をする苦しさのあまり大泣きする。実際肺呼吸開始のためのストレスは一生分のストレスに匹敵するそうだ。人は誰でもこの意識世界、通常、現世と言われる世界に出るために「苦」を最初に知ることになる。少なくとも「愛」なんかではない。

「意識」とはこの世の「苦」を発見する脳内反応に過ぎないのかもしれない。ならば「意識」があるとは、苦しいことだとあきらめるより他ないことを知るべきだ。またこの世は愛に満ち溢れて幸せがいっぱいな世界だというのは幻想にすぎないことを知るべきだ。これはブッダが言っていることだ。

この苦に満ち溢れた世界で生きて何が楽しいのかともブッタは考えた。そこの「覚悟」や「悟り」を見出す。私はこれを「覚醒」と考える。覚せい剤とかそれに準ずるドラッグを使ったことがないので、想像に過ぎないが、「覚醒」とは今まで以上に周りの世界が広く見え、感じる感覚だと思う。

この世が今まで以上に広く見渡せるような透き通った空気の中の感覚は、世界と自分が一体化して内側から起こる幸福感に満たされる瞬間だ。誰でもこんな経験は何度かあるものだ。しかし素直に理解し味わうこともできず、いつも経験は記憶から消滅されてしまっている。

自分のことで言えば、ある夜の雨上がり、満月の空をビルの谷間から仰いだ時、目先の不安が突然遠のき、何か強烈な幸せを感じたことがあった。その時は都会ながら、雨上がりの空気が澄み切って、周り全体が透き通って見えた。神が下りてきたのではないかと思った一瞬だった。

こうゆうことがいつも感じ見られような状態を「悟り」の境地というのかもしれないが、私のような凡夫には難しい。しかし今後学術的に無意識下へつながるプロトコルが明らかにされていけば、凡夫でもより多くの幸福感を得られるようになるかもしれない。

しかし現実は間違ったプロトコルで無意識下と交流し、生命ルールに基づく無意識下の判断は危ない人物とみなして、意識に悪影響をもたらす。その結果、異常気質や精神不安、多重人格などの障害の発生につながるのかもしれない。あるいは、病とか死に誘導する操作が起こるのかもしれない。

あらん限りの想像で考えてみたが、そのうちもっと明らかになってくるだろう。

 

No.32 少子高齢化を考える

うちの親父は昭和8年(1933年)生まれで、11人兄弟姉妹の末っ子として誕生した。祖母40歳の時に生まれた子だ。「産めよ増やせよ」の国策がなければ父は生まれてこなかったのかもしれない。戦争がなければ今の自分はこの世に存在してなかっただろう。

戦後日本の人口は増えに増えた。ここにきて言われるのは少子化そして高齢化問題だ。東北の震災を境に日本人は減りだしたようで、少子高齢化として将来を危惧する人が巷にあふれんばかりた。枕詞のように何かの話の頭に少子高齢化の言葉が使われる。

少子高齢化はそもそも問題なのだろうか。確かに老人が増えて、働き手が減ってくるというのは社会全体が貧困化への道に進んでいるかのように感じられる。また若い人が少ない社会とは、なんか陰気くさい。誰だってそんな社会はご免こうむりたいものであるに違いない。

しかし、私たちはこの問題の解決策を見出すことができるだろうか。私の答えは「否」である。少子高齢化は社会が解決できる問題ではないと考える。もちろん他国から人を連れてきて人口を増やすのは誰もが考えるが、果たしてこれでうまくいくだろうか。

日本人が世界で初めて民族主義を世界に投げかけ、戦争を起こし欧州中心の世界観を変えてきた。その手前、他民族を一種の奴隷的労働者獲得のような移民受け入れを声高にいうのも抵抗がある。先の時代のためには政治的、経済的というより心情的に、各民族は地球人として統合して行かなければならないからだ。

少子高齢化を社会問題として対策を練るのは必要なことであるが、そもそも少子高齢化は一つの社会現象に過ぎないのではないか。いや社会現象というより、もっと生物学的な意味合いを見つけていく方が、はるかに理解しやすい現象のような気もする。

そもそも少子高齢化が問題視され始めたのはこの20年間ぐらいであり、学歴社会や女性の社会進出、将来への不安などがその原因としてあげられた。しかし出生率の低下はいつから始まったかというと、入手できる資料を見ると、1925年女性一人が5.11人産んでいたが、それから今に至るまで、この低下傾向は変わらないのだ。20年前に始まった話ではないのだ。

いわゆる大正時代のモダンガールが登場してきた頃から出生率の低下に歯止めが利かなくなっていた。産めよ増やせよの時代でさえこの数字を超えることはなかった。人口が増えた原因は医療の進歩と栄養補給の改善であり、経済や政治といった社会制度の進歩にあったのだ。

再度言うが、出生率の低下は今始まったことではなく、100年前からすでに起こっていた。では出生率低下の原因は何かと考える。どうも社会的というよりもっと生物学的意味合いが大きいような気がする。言い換えると生物・生命の本能に近いところが作用しているのではなかろうか。

おそらく何万年、いや何十万年前から人類の出生率はほぼ同じで推移してきた。率が下がったり上がったりするのは生物学的環境に大きく作用されていた。つまり、生命が半永久的に存続するための個体調整がその時代の環境変化の中で行われていたに過ぎない。

環境変化に合わせ個体数増減をうまく調整できない生命は滅んでしまうからだ。コレラ菌のように一時に流行して、何兆倍の個体が増えても宿主である病人が死んだあと生き残れなくなる。しかしコレラ菌がなくならないのは生命としての個体調整をうまくやっているのだ。

今の少子高齢化をこの自然現象として完全に証明するのは無理もあろうが、結構な部分で効いているのではなかろうか。なぜならば我々は生命の法則の支配から決して逃げられない存在だからだ。

ではなぜ、個体数を減らさなければならないか。「食」だろうか。それは大きい要素だろう。しかし親が子を産むという出生での個体調整は、「食」が少なくなるというより、食を作るための「仕事」が減ることが一番の要因ではないかと考える。

コレラ菌は宿主が死ぬと「食」というより「仕事」が減るから個体を調整するのではないか。もちろん私は学者ではないので素人考えを超えていないのだが。言えるのは1925年以降我々の仕事は恐ろしく減少してきた。言い換えると全ての仕事が昔に比べると楽になった。

おそらく飛鳥時代も江戸時代も農村の暮らしはそう大きな違いはなかっただろう。農村での暮らしの中で一人当たりの仕事量は、おそらく何千年も違いはなかっただろう。その仕事量に合わせる形で、食を作り生命をつないでいったのが本来の人間の姿だ。

仕事量に対し食料の生産が若干上がると人口がそれに合わせ増えるが、さらに食料に余裕ができ、栄養価が高まると長寿者が増える。長寿者が多い地域は蓄積された知識量も増え、新たな革新技術や取り分である「食」の分配を増やための政治的手腕も発揮しやすくなっただろう。

しかし、どの時代も20世紀ほどの変化は見られなかった。つまり1925年以降出生率が減っているのは、やらなければならない仕事がなくなってきたからだろう。生命の掟は「働かざる者食うべからず」なのだ。今の時代ほど、働かない。働けない。働きたくない時代はない。下手に頑張ると鬱になる。というか、働く以前に仕事が少なすぎるの問題だ。

一方で爆発的な生産性の向上によって、食は余剰確保され、不必要な栄養までとらされ、死にたくても死ねないご時世となる。加えて大きな戦争を経験したがために、ヒトの命ほど大切なものはないという価値観を作り上げ、なおさら死が恐怖そのものでしかなくなる。

結果、少子高齢化の時代に突入する。今まで、生命が経験した環境下では、仕事がなくなるとは食がなくなる状況がほとんどだったが、20世紀のイノベーションは生産性を飛躍的に上げ、わずかな労力で食と栄養が確保されるという、これまで生命が経験したことのない環境を人間は作り上げてしまった。

これは今だけの一時的なものなら結構だが、何十万年も経験したことのない時代はまだしばらく続きそうだ。一方で20世紀の機械化・産業化から21世紀のIT化、AI化はさらに我々の仕事を奪っていくに違いない。食べて生きていけるが、仕事がないとは実に妙な時代に入り込んでしまった。

生命は仕事というリスクをとり、やっと食にありついていたのが、ノーリスクの中、栄養チューブでつながれているような状況下で、死も任意的に選択できず、ただ生きていかなければならない世界がそこまで来ているのかもしれない。

リスクを取れない社会とはなんなのか。武士が、あるいは高度成長期の戦士が命を懸けて戦う時代はゲームの世界でしか味わえなくなってしまった。リスク自体が幻想になってしまった。個体の命というリスクを懸ける殺し合いをしていたのは、生物として何か大きな意味があったのかもしれない。

今後、食よりも仕事がどんどんなくなっていくのは必至だろう。いずれは10人に1人ぐらいの女性しか子供を持たなくなる時代が来るかもしれない。しかし人類は大きなリスクをとる最後の判断だけはAIはできないか、させないだろう。したがって戦争は消滅しないだろう。

今後我々はわずかに残っている仕事をうまくシェアし合い、人間としての尊厳を確保していく一方で、誰も考えない新しい仕事、そのもの自体を作り出す必要がもっと出てくる。それはプロがやっているスポーツのようなものやアートのようなものか。具体的にはわからない。

でも新しい「仕事」とは人間の身体感覚や感性を磨きあげたりするスポーツや芸術的な仕事なのかもしれない。今ある99%の仕事はすべてをロボットやAIがやるのだ。仕事がなくなれば人類は消えてなくなるだけだろう。それが生命の掟なのだ。

No.31 奴隷制を考える

日本は先進国の中国から学ぶ中で、決してマネしなかった制度の中の一つに奴隷制があった。なぜ、奴隷制を日本は受け入れなかったのかはここでは議論しないが、奴隷制が世界的に拡大する中で、日本は奴隷反対を維持してきたことを議論したい。

中国・朝鮮だけでなく、他のアジアや中東・北アフリカ・ヨーロッパなど世界中が奴隷制を受け入れてきた歴史の中で、日本が例外だったのは大きな驚きであり、そこに日本の特殊性がうかがえる。

しかし、日本は2度この奴隷制の洗礼を受けなければならなかった。奴隷制がグローバルの常識であったなか、グローバルリズムの波が日本に届いたためだった。世界が採用する制度とのぶつかり合いは避けられなかった。はじめは東回りできた白人ポルトガルとの接触だった。

ポルトガル人というと1534年の鉄砲伝来と16世紀後半のキリスト教布教しか頭に浮かばないが、なぜ家康が鎖国したのか。またそれ以前なぜ秀吉は奴隷の売買を禁止したのか。リンカーンに先駆けること300年前に。実は当時日本人の海外渡航者は商人よりも奴隷でポルトガルに売られた人間のほうが多かったのだ。

家康が南蛮貿易を禁止した最大の理由は宗教ではなく奴隷売買だったのではないか。奴隷を忌み嫌った理由は、日本人民は領主のものという意識はなく天皇から預かっているにすぎないからだ。そして天皇家は奴隷制を秀吉や家康よりさらに1000年以上前から否定してきた。

それは家康も秀吉も犯すことが許されない国是であった。これに唾をはきかけた信長は、優秀であったが抹殺された。奴隷制の向こう側に何があるのだろうか。それが「ビジネス」だと思う。ビジネス=グローバリズムとも言える。ビジネスは奴隷制を容認して始まる。

ビジネスの思考概念は奴隷制なくして生まれなかったからだ。ビジネスはどのようにして生まれたかを、その発祥の地ヨーロッパの歴史で考えると分かりやすいかもしれない。稲作が普及していたアジアはヨーロッパの麦に比べ炭水化物が豊富であったし、ヨーロッパの海流は大陸間を通ってくるが、アジアの海流は大陸に沿って流れるため、海産物のタンパク資源はヨーロッパに比べはるかに豊かだった。

特に海産物は日々採れるので、肉に比べ保存を考えなくていい。一方ヨーロッパではどうか。タンパク質は牧羊などに頼らざる得ない。牧草は冬なくなるので、そこで羊を殺し食用に保存する。しかし肉は腐るのが早く、疫病のもとにもなりやすい。そこでどうしても必要だったのが、胡椒などの香辛料だった。

もちろんローマ時代香辛料はシルクと同じ高価なものだった。ここからビジネスが始まる。彼らにとって、自分らの土地で作ることができないものを安価に手に入れるための思想・技術がまさに「ビジネス」と名のもとに登場した。今のビジネスの原型はすべてがここに始まっている。

ヨーロッパでは不衛生な食環境で疫病がはやり、中世の人口は3分の1になったといわれる。ヨーロッパ人が生である刺身を食べられないのは、過酷な食のリスクに対する遺伝的記憶なのかもしれない。

しかし疫病の蔓延は耐性力のある人間を残こした。聖書が記すような選民された人々が残ったことからヨーロッパ時代は進化する。密集した狭い不衛生な環境の中での何十日間の航海に耐えられる民族となったのだ。そして自分らが持っていないものを探しに船出し始めた。それが大航海時代だ。

航海のリスクを分散するために株式が発明された。航海後の宝の山分けを話し合うために、港で樽を並べ、そこに板(ボード)を載せてお互い腰掛けて何時間も話し合った。彼らをボードメンバーというようになる。自国にないものを非合法的暴力を用いず持ち帰ることが「ビジネス」であり、ヒトモノカネの蒐集・運営こそが経営であり、資本主義のもとを作る。

また、ヨーロッパにないものを蒐集するから必然的にグローバリズムを目指すこととなる。労働力も不足すれば連れてくればいいだけだ。ここで再び奴隷制に話を戻す。非合法的に人を連れてくることを前近代奴隷制とすれば、合法的暴力を使って人を連れてくることは近代的奴隷制であろう。

1862年にリンカーンが前近代的奴隷制の廃止を宣言する一方で、マルクスは1867年に発表した資本論で近代的奴隷制を書き上げた。ビジネスを合法的制度に祀り上げた資本主義に対して「搾取」というシステムを発見したのだ。「搾取」とは労働価値に対する正当な対価を払わないということだ。マルクスの最大の功績がこの理論的発見だと私は思うが、残念ながらこれは社会主義者や共産主義者に政治的に利用されただけだった。

今、アフリカからヨーロッパに仕事を求めて密入国者が絶えない。これは近代的奴隷制といえないだろうか。確かに強制的に連れてこられたわけでないが、密輸のためには不当な渡航費や、たとえ船が転覆しても助けてもらえないという高コスト・リスクの中で来ているのは、暴力的に連れて来られるのと大差があるだろうか。

企業からすると人件費の高い自国民を使うより、安い人間を使うほうがありがたい。これは合法的だが、ある意味搾取だ。人手不足で倒産しそうな企業にとっては、いたしかたなのかもしれないが、賃金を上げられず、人手不足で倒産しそうならば、倒産したほうが社会にとってはいいのではないかとマルクスは考えるだろう。

奴隷制とは何にか。簡単にいえば、金や暴力(連れて来られる人にとっては高リスク・高コスト)の中で、人を労働力として連れてきて、食べるだけの給料しか与えない。そのため新しいことを始めることも、他に移ることなどもできず、自由意志をはるかに超えた大きな制約が続く状態と考える。

奴隷制を否定してきた日本でも、確かに似たような問題に部落差別なるものが存在したが、彼らは決して奴隷ではなかった。村八分に過ぎなかっただけだ。しかし、グローバル化が加速する日本では新しく生じた近代的奴隷制が拡大する一方のようだ。

軍隊が兵隊を死なせたのは、国を守るという天皇の意思があったからだが、ブラック企業が重労働や低賃金で従業員を殺すのは天皇の意に反するだろう。日本人は今でも天皇の子であると思うのであれば、奴隷制を認めてはいけない。

西回りできたもう一つの白人アメリカは日本の鎖国を壊し、その80年後GHQによって国体まで潰した。そのアメリカは、リンカーンが禁止した奴隷制ではなく、「グローバル・ビジネス」、つまりヒトモノカネが国境を超えて動き、またモノだけでなくヒトもまたカネで評価される「ビジネス」というシステムで新たな奴隷制を日本に持ち込んだ。もちろん江戸の日本は拒むことはできなかったし、明治日本は他に道はなかった。敗戦日本は言われるまま。

この新奴隷制から日本を守るために、今の時点で考えられることの第一は移民・難民を安易に入れないことだと私は考えている。移民を入れる正当性に経済的理由があるのだろう。難民を入れるのは人道的意味があるのだろう。しかし、結果として奴隷制を容認することに近くなることを認識すべきだ。たとえ困った人間でも自国に入れるのは、今の日本では搾取の温床になるからであり、この「搾取」が奴隷制を生む。

日本では少子高齢化の状況下であるものの、他国労働者に全面的に頼り切るのは極力避けるべきだ。近未来の次時代グローバル・ビジネスの形も変わっていくだろうから、新時代が来るまでもう少し辛坊したほうがよさそうだ。

私が考える新たな時代とは、ヒトモノカネがビジネスを構成した世界が終わり、ヒトに変わりAIモノカネ、そしてやがてカネもなくなる世界だ。未来はAI・モノが経済活動の中心になり、この上部でヒト同士の社会活動が営まれる。などと勝手に想像している次第だ。

次の時代、もっと変化があるとすれば、カネの存在自体が全くなくなるのではないか。人類にとってカネの寿命はそんなに長くないような気がする。少なくとも今、機能的役割としての「カネ」というバブルは弾けかけ、違う形を模索している。最終的には何かにとって変わるのではなく、カネの機能自体が不要になる時代が近くまで来ているような気がしてならない。異論は多々あると思うが、今は「奴隷制」に大いに反対することが次時代の到来を早める近道のような気がしている。

No.30 正義か村八分か。

アフリカでは未婚の妊婦を処罰するために、小さな島に置き去りにして死なすという村の罰則が残っている。これは過酷だと感じざる得ないが、そこの村人は当然だと思っているだろう。盗みを働いた者の腕を切る国もある。

しかしこれが中世のキリスト教の村だったら、この未婚の妊婦は火あぶりだったかもしれない。小さな島に置き去りにするのは死を意味するが、決して村人が直接手をくだしたわけではないからだ。後談としてある男に助けられ、その女性は子供も授かり長生きしたというストーリーと続くのだ。

土地土地や国の文化とはそうゆうものなのだろう。他国の文化を決して軽々しく見ないほうがいい。その土地の者たちにとって、文化は最もいごごちのいい習慣や風物、制度だったりするからだ。そこに住んでいる者にしか理解できない。これを壊す者には村八分が待っている。

我々は、よく右翼左翼、あるいは保守リベラルなどと言っているが、大ざっぱにとらえると、ライトは国、地域、土地がまずあって、そこに根付いた文化が守られて初めて、他国と友好関係が保たれるという考えだ。国があってこその国際なのだ。まさに多神教なのだ。

一方レフトは、まずは個々人が存在するところから始まる。土地ではなく個人がいて、そこから個々人は村や国境を超えて機能的につながっているのだ。その前提として、全体的な価値観、いわゆる正義・教義が必要で、これは一国を超えて普遍的なものとなる。まさに一神教だ。

ライトは土地文化を優先し、レフトは正義教義を優先する。人類社会はいわばこの二重構造の中で存在してきたのだ。さてどちらが人間社会にとっていいものなのだろうか。土地を国を重視すればそこの独特な掟を尊重しなければならない。

正義を重視すれば反正義は死を意味する。戦争もありだ。しかし土地を重視すればいまだに残る女性差別や非人道的処遇も他国ということで容認しなければならない。北朝鮮やイスラム国でどんな残酷なことがあっても、それは国が決めたことだから他国者には関係ない。

正義を信じるものにとってはこれは非常に我慢ならないことかもしれない。同じ人間なのにと。しかし、どんなに残酷な処遇であろうがその国の文化習慣を重んじれば、文句は言えまい。正義は文化を駆逐できるのか。正義か文化か非常にきわどい選択なのである。近代は正義の時代だ。

しかし民族でどちらを重視するかがある程度決まるのかもしれない。アーリア人の移動は人の土地を勝手に略奪しつつ世界に広がった。彼らにとって土地の文化より、正義が上なのだ。初めての一神教であるゾロアスター教を作ったのはアーリア人で、そこから略奪的な民族移動は始まった。ゾロアスター教からユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教が起こった。

土地を追われてアジアやアメリカ大陸に渡った民族もいただろう。われわれアジア人は地の果てに安住の地を見つけた。そして仏教が伝わっても土地神を祭る多神教民族だった。太平洋を超え東へ向かったインディアンやインカ民族には移動に時間がかかりすぎてやがて西回りしてきたアーリア人と渡り合うまでの技術を育てる時間が足りなかったために簡単に征服された。

アフリカからアルビノと忌避されて追われたアーリア人の先祖は、近代にいたるまで近くの故郷アフリカを征服できなかったのはアルビノ体質に合わない疫病があったからだろう。しかし近代に近づくにつれ土地文化を重視するアフリカの民族も一神教の民に徐々に征服されていく。

東西からやって来たアーリア人たちの征服から身を守り切ったのは日本だけだろう。幸いなことにアーリア人と渡り合うに成長するための時間的余裕を日本が持てたのはどっち回りだろうが欧州から一番遠い極東だったからだろう。最後はアーリア人に負けてしまうが、日本が彼らと一度徹底的に戦った意味は意外と大きい。

さて、日本人からするとライトの方が自然であるようだ。秀吉にしても他国を侵略する正義は持ち合わせていなかった。日本は土地に根付いた村社会なのだ。そしてこのライト的考えも大切なことを前の戦争で世界に伝えた。正義だけが世界を支配するなど許さなかった。

村社会は土地の文化を重視する社会だ。戦争に負けて一神教に日本文化はある意味で汚染されたもののまだ健在である。一神教徒からすると、村八分とか部落差別はまことにいかがわしいものだろうが、今の我々にも理解できない昔のシステムがあり、当時の社会をうまく機能させていたのではないかと思うのだが。

少なくとも正義は簡単に人を殺すが、村八分は生存を許してきた。