No.39  テレビではもはや新しい発見は難しいのだ

子供の頃からテレビを見て育ち、あんなに大好きだったテレビだが、今はあまり見ない。なぜだろうか。つまらないからだ。ありきたりのコメント。お決まりのトークやニュース、そして、かっぱえびせんのように、見始めると最後までみてしまうドラマだが、ただお腹が膨れるだけで、後味がよろしくない。

なぜなのか。テレビではもはや発見ができなくなったからだと思う。テレビが与えてくれる情報はすべて、私たちの日常の反省点を指摘してくれ、健康や生活や人生の修正には役立つが、見たこともないような世界を見せてくれたり、心を揺さぶるような考え方や感情を発見させてくれたりはしないからだ。

大半の人たちが同じようにがんばってきた時代ではなくなったのだ。もはや頑張ること自体も美徳ではなくなっている。これまで人は夢を追っかけて、うまくいかない時は大いに反省し、ダメなところを修正して前に前にと進んできた。そんな時代はもう終わったのではないだろうか。

そして一律の美徳や価値観に縛られ「腐ったミカン」が捨てられる時代はまだよかったのだけれども、挙句の果ては、どのミカンも腐らないように、除菌・滅菌、冷凍保存などというミカンの環境を無菌化する社会になってしまっている。禁煙とか環境とか温暖化対策など無菌化社会の象徴のような気がする。個々の抵抗力を信じない社会だ。

反省しなければ社会人にはなれないし、誰からも相手にされないから、みんなテレビにかじりついて、同じ価値観を学習してきた。人は何かを目指すと誰でも失敗する。あるいは先輩と同じことをしようとして失敗する。失敗するから反省がある。場合によっては人生の軌道修正もあるのだろう。

反省ってそんなに大事なのだろうか。失敗したって反省なんかやめて早く失敗したことを忘れるほうがいいのではないか。チャレンジの結果、失敗。そして自分の努力や能力の不足を強烈に感じ、反省して悩んで、修正して人は「社会人」になる。でも「人物」にはならないものだ。

「人物」とは個性の上にあり、「社会人」は常識の上にあるからだ。失敗したら反省なんかやめちまって、新しい世界を発見すればいい。大学受験、就職に失敗したら、そんなのやめて新しい世界見つけたほうが、健康的ではないのか。

人が何かを目指すとは、自分かほしいsituationなのだ。金持ちになりたいとか人気者になりたいとか威張りたいとか。いい大学や就職ができればsituationがあがるが、失敗すればそれが得られない。

そうじゃなくて、statusを目指すとこが大事だ。つまり自分の立ち位置。それは誰が決めるのか。他人に決めてもらったり、合格したりすることではなく、自分が勝手にそう思えることだ。就職にことごとく失敗して、違う道を進んで、statusが上がったっという人はいくらでもある。

それができるのが、反省や修正からではなく、新しいことや考え方を発見できたときにおこる。反省は昔の延長戦上にあるが、発見は新機軸上にある。さてさて、これは昔のテレビにはできたかもしれないが、いや、それでも賢い人は、テレビより本を読ンでいた。

もちろん、行動の後には失敗が必ずある。反省は過去の延長線。ならば、反省なんかやめて、失敗を超えた発見をしていくのだ。失敗を9すれば発見を10するだけだ。そのために大事なのは、世の中で成功した人や偉い人から与えられた情報はその人だけのケースとあきらめて、自頭で考え、発見することだ。

本が一番だが、IT化が進んでいる世の中。WebやYoutubeの方が、本より時間とコストを節約できるメリットもある。あなたの人生の影響を与える力では、テレビはもう完全に終わっている。