No.38 まだまだ鼻たれ小僧

長崎生まれの私の周りには世話好きなおばちゃんたちがたくさんいました。そして彼女たちは誰よりも長生きしました。きっと人の寿命はそんなところにあるのかも知れません。

縁があって6年間過ごした大分は、大学もそして自然や人情・風情も本当にいい思い出です。住めてよかったと今でも思っています。昭和の最後を大分で過ごし、恥ずかしい限りの修士論文を書き上げた私は東京の証券会社に就職しました。

会社に入って困ったことに日経新聞の記事を理解するに一苦労しました。世の中はマクロ経済理論で動いていたのだと、ミクロ経済学専攻の私は愕然としたものです。一方東京の有名大学でマル経や法律を専攻したエリート連中はマクロ理論に驚くほど精通し議論も鮮やかでした。

株価や金利、為替、経済政策を動かしているのはマクロ理論でしたが、時代は金融テクノロジーが持てはやされ始め、ミクロ専攻で適任と思われたのか、ディリバティブの部署に配属されました。しかし、データ容量の恐ろしく小さいPCで株の売り買いのシグナルを出そうとあがいていたぐらいですから、今思えば苦笑いするしかありません。

驚いたのは、日系の証券会社から外資系に移った時です。海外の金融テクノロジーが学べると思ったのも束の間、外人の上司にコーポレートカードとタクシーチケットの束を渡され接待して来いと言われました。世の中はどこでもコテコテなものだと悟らされ、やがて業界を離れました。

高齢化の時代に突入します。いやでも100年生きなければならなりません。坂の上の雲を目指した前半50年の人生が終わる頃には家庭や子育ても一段落し、今度は長い、長い坂をくだる後半50年の人生を誰もが経験することになるでしょう。後半の人生を楽しめるか否かは、長崎のおばちゃんたちを見習う必要がありそうですが。

ただ後半の人生はいつお迎えがくるか知れませんので、何かやるにしても命がけで臨まなければいけないようです。50歳で脱サラして今年8年目になりますが、まだ後半人生の鼻たれ小僧です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です