No.29 世の中は1%の戦略思考によって作られている。

歴史と世の中のことを考えると疑問に思うことが出てくる。政界や経済界もそうだが、世の中の方向性は政治家や社長など目に見えるリーダーが動かしているとはどうも思えないときがある。裏の社会があって、その人たちがリーダーを思うように動かしているのではないかと。

歴史を見るに、どうしても理解できないのは先の戦争をなぜ始めなければならなかったのかとか、なぜもっと早く戦争を止めることができなかったとかだ。またなぜアメリカに負けた途端、ああも180度の考え方を早期に国民全体が受け入れられたのか。理屈は習えどさっぱりわからない。

これは戦後作られた歴史観で見るから、到底理解できないのだろうということだけは何となく理解できる。おそらく、当時の人たちは当然のように戦争突入を受け入れ、自分が死んでも国を守るのは当たり前だと信じて疑わなかった。

GHQは日本の軍国主義的教育がそうさせたと考えたが、そう簡単に言えないような気がする。なぜならば、その教育を行う前の土台となる思考があったからこそ、そのような教育を是とし、国民全体がほとんど疑いもなくその教育を素直に受け入れたからだ。

まず思いつくには、この社会を動かしている一握りの集団がいて、我々は知らないうちに彼らの手の上で転がされているに過ぎないという事実があるのではなかろうかということである。戦争を正義と信じ、自分の命を捧げても国を守り抜く人間がそこら中にいたことがそれを立証しているのではないか。

しかしこれを宗教的精神でとらえることは、非常に無理があるし、それを天皇に結びつけて大和魂などというのも、これまた無理があるような気がしてならない。宗教にそれほど人間を動かす力があるのだろうか。もっと違う大きな力があるように思えるのだが。

その当時、鬼畜米英、アングロサクソンはアジアの敵だと思わせる力は宗教や精神論で説明するのは難しいのではと思う。社会や国の流れを作るパワーはもっと違うところにあるのではなかろうか。そしてそれがこの世の中、今の世界の紛争を作り、また経済全体を動かしているのではなかろうか。

前置きが長くなったが、これが戦略思考というものだと私は考える。戦略思考が世界を作り、時には宗教や文化まで形成する。あらゆる人間社会の行動基盤を形成するパワーになっているのだ。価値観を一気に180度方向転回するほどの実に恐ろしいパワーも秘めている。

このパワーは、わずか1%戦略思考が100%すべての世界を作るほど大きいのだ。言い換えれば、1%の人たちが残りの99%の人たちの世界観、行動規範、経済・科学・文学・教育・精神論を形成していることになる。歴史も作る。

アーリア人たちは、イスラムで発展したサイエンスを採用し世界を征服した。それは彼らの戦略思考に基づくものだった。これは偶然に行われたのではなく、期が熟すのを待って最大限に利用しようとした1%の戦略家が作り出したのだ。歴史が世界を作るのではなく戦略が世界を作るのだ。

民主主義の中にいる我々は、自分らがリーダーを選び、自分らの意思の総和の下で、この社会が形成されていると信じているが、果たしてそうだろうか。政治家には黒幕がいたり、財界にもドンと言われるものがいたりで、実は裏で誰かに動かされているのではないかと感じることはないか。

もう一度言うが、戦略思考が我々の周りにある当たり前のことすべてを作り上げてきたのだ。では誰が戦略を立てるのか。戦略思考は技術ではないため教育によって簡単に学習できない。どちらかというと運命のごとく持って生まれた能力を持った人たちが戦略を担うのだ。

生命体はほんの僅かのものにのみ、その資質を与えるので十分と考える。あるいはその僅かなものとは人間を指すのかもしれない。しかしその素質が具現化するのは人間でもほんのひと握りだろう。なぜならば、戦略とは苦難とか切羽詰まった非常時とか、命にかかわるようなときにしか必要ないからだ。

ほとんどの人は、戦略思考を身に着ける必要もないため、決してその素質が具現化されることはない。一般人は身近な利害関係に執着し、あとは娯楽を楽しめばそれが人生になる。しかし、この世界を作っている1%の人々はどこにいるのだろうか。それは政財界のみならず、いろんな職業・地域に分散してと私は考える。

素質の近道は、まず血統であろう。代々続くリーダーたちはその環境下で素質を具現化しやすいだろう。もし戦略思考の素質が遺伝であるならば、ホモサピエンスの広がりや隔世遺伝もあるだろうから、いろんな地域や民族に散発的に出現することも考えられる。あるいはほとんどの人が遺伝を持っているが具現化する機会がなく一生を終えるのかもしれない。

しかし学校の教育制度では決して具現化することはないだろう。まだ、明治までの塾教育ならばその可能性はあったのかもしれないが。なぜならば、師弟関係を重視した塾生教育を受けた人間が指揮を執った日露戦争と学校教育制度の人間が指揮を執った直近の戦争は全く違ったからだ。

今大きな戦略思考はおおざっぱに言えば、18世紀以降世界をリードしてきたアングロ・サクソン系と21世紀になって台頭してきたがまだ何とも言えないチャイナ系、そしてチャレンジャーとして存在感がますます大きくなるイスラム系の3つに大きく分けられるだろう。

もちろん、日本を動かす1%の戦略思考はあるものの、この3系の戦略思考のぶつかり合いが日本と世界を大きく変えていくものと思われる。最後にもう一度言う。戦略が世界のすべてを作るのだ。

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