No.21 War is Over

1619,1642,1643,1675,1680,1682,1683,1732,1753-57,1782-87,1833-39 この数字は江戸時代に集中した飢饉災害のあった年である。有名なのは寛永(1642-43)、享保(1732)、天明(1782-87)、天保(1833-39 )の4大飢饉だろう。面白いことに1614年の島原の乱を境に日本では戦争のない長い時代に入った。他国も日本に積極的に接近しなくなった。

これを壊したのは1853年のペリー来航だった。ここから日本の歴史は大きく変わることになる。ピルグリムファーザーズが渡米したのは1620年である。この時からアーリア(アングロサクソン)人はわずか200年でアメリカ全土に農地を広げていく。弥生人は日本に稲作を広げるのに1000年以上かかったが。

まるで、飢えた民族がアメリカの大地に食料を求めて広がったかのようである。広がり方から察すると宗教目的というより、あきらかに食料目的だった。かれらの労働者になることを拒んだ誇り高いインディアンは殺された。プロテスタントはインディアンとの共存を求めていたのに。

実は17世紀から19世紀前半にかけてミニ氷河期が訪れていたことはあまり知られていない。この時代、ヨーロッパだけでなく、アフリカもアジアも全世界が食料難の時代だったのだ。太陽のエネルギーを示す黒点活動が最も低下したのが、1645年から1715年の間だった。太陽エネルギーのアウトプットが6割になっていた。世界の人々は食料を求めた。

また寒冷化だけでなく、噴火・地震・洪水などの自然災害が多発する時代でもあったのだ。この時代を過ぎると時代は近代になっていく。近代は進歩の時代である。進歩とは英語でprogressというが、これは壊して前に進むという意味だそうだ。

アングロサクソン人にとって、原住民を殺して食料を増やし生活を豊かにすることが進歩という近代思想に繋がっていく。進歩はさらに西に向けられる。太平洋を渡るのはミニ氷河期がやっと去り、人々の動きが活発化し始めた時だった。それが1853年なのだ。

日本が250年間鎖国が維持できたのは、ミニ氷河期の影響は大きい。またこの時代ほど一揆を除くと平和な時代はなかったのかも知れない。一方食べ物の確保に悩まされ続けた時代だった。江戸時代は今では想像を超える寒さだったのだ。火山は噴火するし。

アメリカは今モンロー主義の時代に戻ろうとしている。世界の警察をやめたがっている。なぜか。これはNASAが発表した情報が大きく影響しているのかもしれない。あまり公になっていないが、太陽黒点活動がが2011年ごろから変化しているそうだ。

それまで温暖化、C02削減と大いに言われていた真逆の事態になりつつある。一部の学者によると2030年からミニ氷河期に突入する可能性が高いとの見解だ。日本でも地震活動期に入っている。江戸時代の到来だとすると、人々の価値判断は大きく変わるだろう。

またアメリカがTPPをけったのも十分理解できる。世界に供給する食料が確保できなくなるからだ。日本ではどうだろうか。戦前のエネルギー確保の失敗で痛い目にあった反省から、エネルギー経済中心の産業スタイルを作り上げたが、食料の方は二の次、三の次だった。

低い食料自給率の責任を農家経営に押しつけ、十分な成長産業としての絵を描くことはなかった。現在、人口が多いところはアフリカ、中国、インドであり、食料難の時代に突入すると食料確保のために何でもありの考えが出てくる可能性もある。その一つはすでに水産タンパク質を求めた南海進出に出ている。

もはや戦争している場合ではないと世界が思うことが重要だ。食料という同じ目的に向かい協業する時代にしなければならない。世界の国々はインディアンではないのだ。戦争のコストはインディアンに比べはるかに膨大だということに気付くだろう。それより協業したほうがましである。

もしミニ氷河期の時代に人類が協業するという思想が生まれれば、決して悪い時代ではない。江戸時代に生まれた日本文化のようなものが生まれる可能性は十分にあるのだ。つまり、グローバル化時代からユニバース時代、多様化の中でも普遍的な共通の価値観を持つ時代になるかもしれない。

食糧難の時代、日本が世界に貢献できるとすれば、江戸時代に生まれた思想、たとえば飽食ではなく粗食でも豊かさを感じる礼節ある文化とか、もったいないといか、自分よりひと様のお役に立てるとか、そういう思想のリーダーになれる。だってあんな飢饉のなかで世界一の人口都市を持っていた国だからだ。

NYでジョンレノンとオノヨーコが掲げたWar is Overの時代がいずれ訪れるだろう。いや、そうならなければ、破壊的な終末しかない。War is Overは当時ほとんどのアーリア人には理解できなかったという。日本ではすでにその大分前に憲法で謳った。

No.20 クリストファーさん、おめでとう。

高田馬場のコ―ヒーショップにちょっと遅れて到着したが、彼は高揚した笑顔で出迎えてくれた。先週彼から鹿児島に行っているとのメールが入っただけで、そのあとの返事がなかったので、今日の待合場所に来てくれるかちょっと心配したが無用だった。

「挑戦したい」と以前聞いたような記憶が彼の一言でよみがえった。「鹿児島大学の後期博士課程に合格しました」と。今日合格の連絡があったようで、焼酎のマーケティングの研究をするそうだ。私の「おめでとう」に彼は、ちょっと照れながら「怖い」と一言返したのだった。

なぜなのだろうか。彼が最も勉強したい分野だったのでもっと喜んでいいのにと思ったりもしたが、教育学の修士から、違う分野の博士課程に進む不安感が、喜びの後にじりじりと襲ってきているようだった。

昔、村一番の秀才が旧制中学高等学校に入学するとなると村総出で祝ったものだ。今では、偏差値70の学校に受かったとなると家族は祝うが、村を挙げてなんてなどは聞いたことはない。むしろ隣の息子がいい大学に入ったと聞くと心の中では、あのクソガキがって思うことの方が多い。

どうも今の学校や大学はいい会社やいい職に就くための資格取得機関になったのかも知れない。将来を約束する資格を得るためにみんな一所懸命頑張る。自分のために一所懸命勉強して、自分のための将来を描く。そのために教育は最初の関門なのだ。

これは至極当然の話である。教育とは自分のため自分の将来のためにあってしかるべきだ。だから教育は投資なのだ。どんなに借金しても、苦労しても卒業後それに十分おつりがくるような学校を人はいい学校と呼ぶようになった。当然だろう。

一方費用対効果が薄い学校は存在価値はないのかもしれない。だが、そう言い切っていいのだろうか。教育はそもそも個人のためにあるのだろうか。教育は投資なのだろうか。教育はヒーローや成功者を作るためにあるのだろうか。

学校で職場で勉強した知識は会社で活かされれば会社のためになる。同僚に教えてあげれば同僚のためになる。学んだ知識が自覚もなしに社会や周りの人のために活かされるといったことは思った以上に多いものだ。教育の本質は外部効果なのではないだろうか。

誰かのために役立つかが教育の目的なのだ。知識は外部に漏れだし周りの人は費用を払うことなくその恩恵に預かる。だから村を挙げて秀才を祝ったのだ。また昔の師範学校で学んだ者はやがて何千人もの人に教えることがわかっていたから、授業料を取らなかった。貧乏人対策のために師範学校がただだったのではない。

知識は本来切売りするものではない。知識というより教養という方が正しいだろう。特許とか著作権も知識の所有者の出し惜しみをなくし、外部にもっと活用されるようにと知識の所有権利を明確にしたのに、今の風潮は違う方向に行っているような気がする。

教育は競争に勝ち抜くためのものではないし、自分のためだけのものでもない。その人が一所懸命学んだことは、きっと周りの人や社会のために活きてくる。だから頑張って合格した人にはみんなで素直に祝ってあげる。同時に合格者には強烈な使命感や責任感が生まれてくる。「怖い」くらいに。

クリストファーさん、おめでとう。期待してるぜ。