No.19 シンボル、代表、そしてリーダー

日本の元首は内閣総理大臣であるが、憲法では代議士の中から選出される。たとえ象徴であれ天皇制を掲げている以上は直接選挙による大統領制は制度上難しいそうだ。それにしてもGHQは天皇が日本のシンボルとは実にうまいことを考えたと感心する。

さて我々は日本国憲法に基づき選挙を行い、わが代表としての議員を選ぶ。しかし議員はあくまでも立法に関わる人たちであり、リーダーではない。この人たちが行政の長としてのリーダーを選ぶのだ。私は選挙はそもそもリーダーを選ぶためにあるのではなく、あくまでも自分の代わりとしての代表を選ぶためのものと考える。

代表に過ぎない代議士をリーダーだと勘違いしてはいけない。彼らは我々の声をリーダーに届ける役割を持つにすぎないのだ。あるいは自らリーダーになる場合もあるが。ところで、リーダーの資格とはなにか。また誰をリーダーにすればいいのか。

リーダーの役割はまず国とか企業組織の方向性を示すことだろう。しかし組織には、すばらしい能力を持った有能な官僚や幹部たちがいて管理や企画機能もあるので、あとは組織のシンボルか組織の代表がいれば組織自体十分に機能するのではないだろうか。

ならば、リーダー不在でも十分ではないか。政治も会社もうまく行くはずである。だが実際はなかなかうまくいかないのはなぜだろうか。教科書的に言えば社会環境など外部環境の変化が早すぎるためだろう。それまで十分に機能していた組織がいつの間にか茹でガエル状態になる場合もある。

今までやったことがうまくいかないとか、組織が世の中の変化についていけないとか言うときは、バッサリと何かを捨て、何か選ぶという作業が必要になる。すでに出来上がった利害関係を切るほど難しいものはないので、時として組織として沈没するのを待つ選択もある。

それにリーダーは決して簡単に出現しないが、リーダーの資格は変革を実行する説得力、体力、知力、気力を持ちかねた人で、いわゆる信念を持った人になろう。もちろんリーダーが皆うまく行くとは限らない。失敗することもある。

例えば今のままでは、外部環境が好転するとか、なにか知らないがたまたま組織がうまく機能したということで、4割の確率で現状を変えず存続できるとする。一方でリーダーに任せると半々の確率で好転すると思えば、リーダーに任せる方を選んだ方がいいというものが出てくるかも知れない。

言いたいのは、まず我々の代表がリーダーとは限らないということと、リーダーは探して現れるものでもない。組織や社会が、どうせこのままでは、同じなら誰かに任せてみるかという暗黙の集団的了解が社会や組織の中に芽生え始めなければ、リーダーは決して出現しない。集団がリーダーを作る。それがたまたま今の社長かもしれない。

また善悪に関係なく、社会が、環境がリーダーを作る。今の安倍政権までは首相がころころ変わっていた。どうも日本人は代表がリーダーだと勘違いしてきたようだ。リーダーは社会的総意の何かで、それを具現化しそうな人しかなれない。前の代表がだめだからと言って選びなおしても簡単に出てこない。

時には辛抱強く待たなければ現れてこないものだ。アメリカ人は待ったのかも知れない。オバマ大統領は彼らの代表としては優れていたが、リーダーではなかった。トランプはアメリカの代表として選ばれたのではなく、リーダーとして選ばれたのだ。歴代大統領の中でアメリカを大きく変えたのは、リンカーンのごとく出自も怪しい大統領たちだった。

メディアにもたたかれ、なんとなく品もなさそうな男をなぜアメリカ国民は選んだのか。彼らはそんな男を自分たちの代表だとは思いたくないだろう。しかし、かれらは代表ではなくリーダーとして彼をを選んだのだ。まさに国民は彼にビット(かけ)したわけだ。

リーダーは品のいいものでは決してなく、一か八かの中からしか生まれない輩だ。ヒットラーもそのようにして誕生した。企業だって社員の代表というような品のいい社長よりも、何か怪しげな社長の方が危機には強いものだ。そうゆうのを選んだ企業だけが生き残るかも知れない。

もちろんリーダー不在の社会の方が一番いいのかも知れないが、未来に対して社員も国民もビットしなければいけない辛い選択を迫られる時だってある。どうせこのままでは日本はだめになるのならと日米開戦もしかりだったかもしれない。

No.18 時間は一元的に流れているのではない

「現在・過去・未来、あの人に逢ったなら」の歌いだしから始まる「迷い道」という歌が昔はやったが、なぜ過去のあの人に逢えるのか考えてみた。私たちは過去から現在、そして未来に時間は続いていると考えているが、まずそれが錯覚なのだ。

人生は静止画をパラパラめくって時間が過ぎているように感じるが、実はそれぞれ独立している静止画をある順番に並べて動かしているだけで、めくる順番自体が時間ではない。別の方法で説明すると、駅を通り抜ける電車を考えてみればいい。

電車はA駅、B駅、C駅と通り過ぎていくが、今B駅を通過しているとする。自分は現在、B駅を見ており、A駅をさっき見て、C駅をこれから見るとすることで時間を感じるだけで、さっき見たA駅もこれから見るであろうC駅も同時に存在しているのだ。電車が時間であり線路が時間軸であると思いこんでいるだけだ。

時間軸は過去、現在、未来とつなげているのではない。今の時空に存在する自分はすでに過去、現在、未来と繋がっており、その三角形の時空の中に自分が存在すると考える。時間は一元的な存在ではない。(図参照)

だから「迷い道」の歌詞にるようにあの人に過去でも逢えるのだ。文法上正しく表記すると「逢った」にはなるが。人はそれぞれ、生きている限りこの時空の三角形の中に存在している。さて、次に考えたいのは、過去・現在・未来とは何かということだ。

あなたの過去はというと、生まれてから現在までを一般的に指すだろう。しかし、夜空を見上げると、星の輝きが見える。その光は太陽光や月の輝きも含めてすべて過去の光が地球に届いたものだ。一億光年の星は一億年前の過去を今見ているに過ぎない。

時間が存在するのは宇宙ができた140億年前で、終わるのはこれから140億年後といわれているので、過去も未来もそこまで考えても構わないだろう。横道にそれるが、今の国際政治での紛争の出発点は、それぞれの国の過去観が全く違うところにある。つまり我が国は何をどこを起点にするかだ。

今の世界趨勢を見ると、大きくアングロサクソン、チャイナ、イスラムと力関係がある。アングロサクソンは列強が生まれた近代こそがかれらの歴史の中心とする歴史観であり、現在日本も同じように明治を起点にしている。日本の高校の歴史は現代史から習う。一方、チャイナやイスラムはそれぞれ過去の起点はもっと古い。BRICsは近代(モダン)を起点にしていない。

私たちも過去の起点をどこに置くかでかなり生き方が違ってくるだろう。極端な話、今の自分の起点は生まれた時か、両親が結婚した時か、はたまた人生を変えたあの人に逢った時からか、あるいは20万年前の人類の先祖なのか。つまり「過去って何?」は皆違っているのだ。

もちろん未来も皆違うだろう。基本的には自分が死ぬ直前かもしれないが、自分の子供の行く末を案じ、未来を描くかもしれない。ただ、すべての人に共通点があるとすれば「今」しかない。世界中の人々は「今」でつながっている。さっきでも、1秒前でもなく、今の瞬間のみだ。

また重要なのは図にあるように、今は過去とつながり、未来は今とつながり、過去は未来とつながっておりその三角形の中に自分が(文法上正しく言えば)、存在してて、しており、するだろう。そしてその三角形を大きくしていくことはより人生を楽しく快適に過ごす手段になるのではなかろうか。

図で言えば、過去と今の枠を越えることは自分を「解放」させ、今と未来の枠を越えるとは「奇跡」を起こし、そして過去と未来の枠を越えて「悟り」をひらく。しかし私たちは、たいてい現在・過去・未来の三角形の中を「ひとつ曲がり角 ひとつ間違えて 迷い道くねくね」しているのだ。

No.17「吹く風に高峰の雲も晴れ行きて涼しく照らす十五夜の月」

とっくに冬になっているが、1月16日の仕事帰りははそんな夜だった。その日は自転車で出かけたが、急に雨に降られた。気温はそれほど落ちてはなかったが、かなり寒く感じられた。夕刻近く、仕事の打ち合わせが終わると、雨はやんでいたものの自転車は区役所の駐輪場に置いていくことにした。

打ち合わせ先から天神までは雨は上がっていたので、独り歩いたが、思いだして途中櫛田神社に寄ってみた。福岡での初詣もまだだった。ここの参拝者は他の神社に比べて品がよさそうだ。会社帰りの普通のサラリーマンのオヤジでも境内に入るや身のこなしが参詣の作法に忠実に従たがっていた。

お参りの後は定番のみくじを引く。中吉だった。「あわてるな」とのお達しである。まあよいではないかと、また歩き始めた。九州は日が落ちるのは遅く、まだ明るいなと思っていたらが、天神近くまで来ると急に暗くなっていた。また小雨が降りだした。

ありがたいことに訪問先でビニール傘を貸してもらったのは正解だった。ふと、夜の街の明かりで、濡れた朱色の鳥居が目に付く。そういえばここにも神社があるな。ビルの間にあるこじんまりした神社に、初詣のはしごでもやるかと入った。

雨の中、また手を清め、口を漱ぎ、神妙な面持ちで、軽くお辞儀した後、わずかばかりの賽銭を投げ、鈴を振る。どうぞ世界が平和でありますようにではなく、仕事がうまく行きますようにと手をたたく。さてさてお目当てはみくじである。神様の意見も聞かないといけない。

今度は大吉。今年は縁起がよさそうだなって急にうれしくなった。実に単純な男かもしれないと自分のことを冷やかして境内を後にした。雨はだんだん強くなってきた。ふと今夜は地下鉄ではなくバスで帰ってみようと思い立ち、停車場で雨の中バスに乗り込んだ。

降りる停車場を間違って一つ先で降りたが、もう雨は上がっていた。マンションが立ち並ぶビルの谷間から、月が見えだした時、その瞬間透き通ったような空気が周りに感じられ、寒さというより身を引き締めるためのちょうど良い冷気が漂っていた。「神が下りた」ような感じの夜道だった。

No.16 分業と愛

20万年の歴史の中で、人類のみが文明を持ち、社会を作り上げてきたのは誰も疑う余地はない。それはなぜ人間だけだったのか。それは男と女の関係にある。アダムとイブが禁断の果実を口にし楽園を追われたが、これをもって男と女が誕生した。つまり男と女の分業が生まれた。

アダムスミスは資本主義を発展させるものとして「分業」に初めてスポットを当てたが、分業はアダムスミスのはるか遠い昔から始まっていたのだ。原始時代、すでに分業は存在していた。動物社会にもあったが、人間の特徴はグループを構成する以前の男女関係に見られる。

米国だったか有名な動物学者の書いた本の中にそのことが記されてある。なぜ、人間は大きな獲物を捕らえられたのか。大きな獲物は小さな獲物や植物に比べ、捕獲する確率がはるかに低い。特に人類が地球上に広がると捕獲されていき、どんどん確率は減っていく。

10日も捕獲できなければ、ヒトは死んでしまう。この問題をクリアしたのが、イブだった。食物捕獲は男と女が共同して行ったのだ。男は大物を狙うが女は小動物や植物をとるという分業がすでにあったらしい。そうやって人間は移動し広がっていったのだろう。

この分業がなければ、運悪く獲物が取れずに死滅するか、たんぱく質の少ない食物でぎりぎりの生活をするしかなかっただろう。栄養の少なく余裕のないぎりぎりの生活では、新しいことにチャレンジする時間もなかったことだろう。

男と女とは性という果実で結びついたのではなく、分業という生活で生まれたのかも知れない。なぜならば人間のみ発情期がないからだ。人間の性欲は生理的におこるのではなく、誘導されて生じる。女がきれいなかっこや可愛いしぐさをすることで男が発情する仕組みになっている。

つまり男と女は性ではなく、生きるための分業で生じた関係と考えられはしないか。分業による神の手こそが二人を結びつける愛だったのだ。戦前は男が戦争にとられていたから、男女の分業というバランスでうまく行っていたのが、今は女ばかり負担が大きいので、出生率が低下するのも当たり前だろう。

また戦後女性に選挙権を与えても一向に女性議員が増えないのは、子供を産むという負担が大きいためだろう。今これに匹敵する分業が男にあるのだろうか。言えるのは男と女の関係は惚れた張れたではなく、二人で生きていく分業の中にしかないのだ。

20万年前から始まっていた男と女の分業の経験は20万年の遺伝子の変化の中で、それぞれの考え方、感じ方、そして行動にも違いを与えたのかもしれない。やはり男と女の関係はお互い何かお役に立てるから好きだというのが根本にあるのではなかろうか。

No.15 僅差の民主主義

僅差とはわずかな違い、へだたりのことを言うのは誰も知っていることだ。しかしこの僅差がいかにくせ者かは、2016年のイギリスのEU脱退やアメリカの大統領選で見られた。人はこれらの現象をポピュリズムと呼び、民主主義の難しさを知る。

過半数の原則が民主主義そのものであるが、果たして51対49の僅差で民主主義は成立するものだろうか。負けた方は納得いくのだろうか。マイナーはメジャーに従ってきたのは過去の歴史でも明らかであるが、49はマイナーではなかろう。49の不満はどこに行くのだろうか。

この49はある時点での選挙結果に過ぎない。またスポーツで言えばある試合結果に過ぎない。おそらく、最もあってはならない負け方なのだろう。野球の試合は、人は11対10の接戦で終わった試合をいい試合だったと評価するが、果たしてそうだろうか。

大差で勝っても負けても、それは勝負ではなく、実力の差だと冷めた目で割り切れるが、ぎりぎりで負けた勝負とぎりぎりで勝った勝負は雲泥の差で勝った方がいいに決まっている。大差で負けても構わないが、接戦では常に勝たなければ意味がないのだ。

11と10の違いは人間の技量を超えた精神的な要素が大きく左右するからだ。ならば49対51の選挙結果はなぜついたのか。やはり時代の流れがあるのだと思う。先取りして逆行することもあろうが、神が定めたような導きがあるのだと思う。風が吹いた。これをどう信じるかだ。

元が攻めた文永・弘安の役は、鎌倉武士の強さもあり技量出来には互角だった。しかし神風は日本に吹いた。技量の差がある時には決して、風が吹くことはないのだ。勝敗のぎりぎりのところをどう評価していけばいいのかが、実は民主主義の要なのだ。

もし選挙でなく、戦争であれば49の頭数でも勝算は十分にある。が、49で手を打つ考え方の中には、人事を超えた世界があって、その思し召しに人は従った方がよさそうだという思想が根底にある。それを決めたのが村を守る鎮守であったり、神であったりするからだ。

意思決定はすべて人間の頭で考えるのではなく、それを超えたものの指示に従わなければならないこともあるという思想だ。ポピュリズムとは人間の頭だけですべてを解決できるという思想がもとになっているのではないか。それはおごりに過ぎない。

民主主義は神ではなく、一つの教義に過ぎず、最も使い勝手のいいツールに過ぎない。だから過半数の原則は政治家や大衆に、あるいはアメリカのグローバリズムに簡単に利用される道具にもなる。しかし人間は道具がなければ生きていけない。

49が51に従うのは民主主義の原則であるならば、クーデターや暴力行為を行うことは民主主義に反する。したがって49の選択は民主主義を守るか暴力行為に走るしかない。民主主義がただのツールならば、どっちをとるも実は49の自由なのだ。民主主義の前提には自由主義がある。

「戦わざれば亡国、戦うもまた亡国であれば、戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。戦って死中に活を見いだし護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残せば、我らの子孫はかならずや再起、三起するであろう。」という永野修身海軍は語った。

しかし日本人が世界に先駆けて発見した「和の精神」がある。これは人類の遺産になるだろうが、もっと世界の人が理解できるような哲学体系に組み入れて行くことができれば、民主主義ももっといい道具に仕上がるのではないか。日本の職人の仕事によっていい道具にしてもらいたいものだ。

No.14 百年企業と匠の技

日本の大企業には100年続いたものが多いが、酒・みそ・醤油など蔵元の伝統的企業は100年どころではない。100年企業は100年会社を続けたから偉いのではなく、彼らは100年続くビジネスを作ってきた。

100年続くビジネスとは、それを元に各分野に波及させ、ビジネス範囲を大きくすることを意味する。業界が機能化すると産業にもなる。ビジネスの種に近いところからスタートした企業は大体大企業になっている。企業は引き継いだ企業に比べ成長率が大きいからだろう。

100年ビジネスの種を蒔いて大きくなった国はアメリカだろう。巨大化した100年企業がたくさんある。最近ではIT産業だ。このビジネスは70年代から成長し始めて、今ではアメリカの基幹産業となっている。2050年まで続けば100年ビジネスと言えるだろう。

100年ビジネスは成長率が大きいため、人材、投資、技術が集まる。アメリカの成長を加速させたのは、グローバリズムとアウトソーシングだった。日本人が言う海外への工場移転とちょっとニュアンスが違うのだが、海外アウトソーシングこそがアメリカの強みでもあったのだ。

彼らは古くなった型落ちのビジネスを積極的にアウトソーシングした。経営者は成長が伸び悩み、コスト削減でしか利益に反映できない事業を本業から切り離して、低コストの国にもっていくことで、全体の業績をかさ上げた。日本人も円高で辛酸をなめたが、これまで携わっていた事業の従業員は不要となる。

だが、当時のアメリカは違っていた。アウトソーシングによってコストを減らして余裕が出た分を投資に回し、関連した新ビジネスを作り出し、より高度な技術者や高感度な従業員を雇い入れ、従業員のサラリーは上がり続けたのだ。

一方日本はどうかというと、バブル崩壊後は為替にも翻弄され、海外移転を積極的に行いコストカットで利益を捻出することに追われる。バブル後は経営の健全化ばかりに目を奪われて投資が二の次だった。その結果が長いデフレ経済の到来となる。企業の投資意欲が盛り上がらない中での財政政策は政府の赤字を膨らませるばかりだった。

今思えば、山手線内の地価総額でアメリカ全土を買えるまでのバブルを生んだ時に、海外投資をもっと積極的にやっとけば、アジアからは一目置かれていただろうし、強烈な円高に見舞われずに金融大国の道をたどったかもしれない。慌てて海外に工場を移転することもなかったかも知れない。どうも日本は負け方を知らない。

しかしアメリカの100年ビジネスもここにきて限界が来ている恐れがある。トランプが大統領になったことが象徴的だ。アウトソーシングがアメリカの強みであり、100年企業の原動力になっていたのが、投資よりも貧富の差が広がった国内の労働者を守らなければならなくなった。

そもそも100年続かせるビジネスの種自体が尽きてきのではないか。これまでは金融、石油、ITがアメリカの全産業の種だったが、これらに匹敵するビジネスの種がもはや出てこないのだ。したがってここ100年以上続いたアメリカ的ビジネス戦略の道が狭くなりつつあるのではないか。

新しい種とは、AI、宇宙、ロボット、バイオ、環境だろうが、これらは100年ビジネスの種になるかまだ定かではない。まだ、よほど投資を集中させなければ芽が出てこないレベルだろう。これらの種があらゆるビジネスに広がるには時間がかかる可能性は高い。

日本の100年ビジネスは、アメリカに比べもっと奥が深そうである。それは職人文化の中にあるような気がする。日本は天皇家に象徴されるように、直系家族制であり長子一人が家業を継ぐ。それは「一所懸命」を美徳とするの行動規範を生むことになる。これは匠と言われる職人を生みやすい。

おそらく東大に行ける子もヤンキーの子も生物学的遺伝子はまったく同じであり、太古の人も現在辺境地で教育も受けず暮らす人々もまったく同じ遺伝子だろう。したがって天才は遺伝子的要素のもとに生まれるのではなく、どれくらい同じことを続けるかで決まると私は考える。日本には匠が生まれる仕組みがある。

つまり幼いころから、家を継ぐとか、環境があるとか、興味を持ったとかのいろんなど理由で技を磨き続ければ、天才的な技術や思考を身につけることは割と簡単なことではないかと思う。一つのことを学び続けることが当たり前の人たちを生むのだ。直系家族制から愚直な天才は生まれやすい。秀才というべきだがあえて天才と呼ぶ。

例えば日本の火縄銃は明治までピストルに変わることなく、火縄としての精度と見た目の美しさに付加価値を見出してきた。また、スピロヘータ―を発見した野口英世は顕微鏡で発見できないウイルスあるなどど思わなかったから、始終顕微鏡ばかり眺めて偉大な発見をした。ある意味馬鹿に見える程の愚直さは日本人の気質なのだろう。これらは秀才の域を超えている。

時代は平均して大きな発見やイノベーションを生むわけではない。科学技術の進歩には時代の波があるのだ。なんでもありの大きな戦争があれば別だが、われわれの世界は100年前に比べればかなり平和な時代である。金融、石油、ITのビジネスはどれも戦争に絡んで成長した。

もし大戦争が今後50年なければ、日本の匠の技こそが世界的に評価される時代になるのではなかろうか。匠の技はローテクのように見えるが、そう簡単に生み出されるものでもない。その技と思考文化はいろんな産業に応用されて行くのではないだろうか。日本人の愚直さが活きる時代になりつつあるのかも知れない。