No.6 外国語を学ぶということ

英語を習得するのはさすがに大変である。日ごろ使っていないから、なかなか覚えられないし、覚えてもすぐに忘れる。若くもない。しかし、なかなか覚えられないからといって、試験があるわけでもないし、趣味として楽しみながら勉強するのだと思えば、焦りなど全くなくなる。英語で外人と話さなければならないこともあるが、基本はスマイルで、あとはどうにかなるしイ。

英語の音は嫌いではないが、ヒアリングが昔から大の苦手である。どうも英語を聴く力はそもそも自分には備わっていないとこの歳になってやっと自覚した。ニュースなど聴こうとしても、実際のところまったくわからない。ただ、文字は、何とかなってきた。英字新聞の見出しがすんなり入って来るようになればいいか。

英会話のテキストの内容程退屈なものはない。聞き取れない上に、取り扱っている英語もこころ打たれるものがなかったりして、志を持ってもすぐ飽きる。やはり、それなりのものが読みたい。

と、思っていたら、いいのがあった。Z会の速読速聴・英単語Advance1100だ。英語の雑誌などを読むとまだ知らない単語がたくさんあることに気付く。学卒以来、初めて目にするような単語を勉強するのにちょうどいいテキストだ。

おまけに、内容が文化、経済、政治、法律、科学とそこそこのレベルの話になっているし、知らないことを学べたり、自分の考えを整理するような議論があったりで、充実している。英語を勉強するというより、英語を使って学べるというところがうれしい。英語のための勉強はもうこりごりなのだ。

面白いと思えば次の夢も描ける。ゆっくりゆっくりやっているので、1冊終わるのに、1年以上かかるが、これが終われば、人文科学と自然科学関連のZ会英語を勉強するつもりだ。すべて終わるのに何年かかるかわからないが、まあいいではないか。

そもそも言葉とは、母から伝えてもらう文化だ。言葉は人類が使用するに至ってから今日まで、母親を通して伝わってきた。それを考えると、どの国の言葉にも歴史や家族愛などの重みを感じる。いわば遠い遠い時代の母親と唯一繋がっている文化なのだ。

使っている言葉から自分の祖先の母親はどんなひとだったのかと思いめぐらす。また、その母親がいなかったら、今の自分もないのだと考えると、母の文化は命の根源でもあるような気になってくる。だから言葉には「魂」があるのだろう。

母がいない外国語を学ぶとはそうゆう意味でも難しくて当然なのだ。だいぶ前だが、日本に来ている留学生の日本語弁論大会に出席したことがある。言葉がうまく通じず困った話とか、バイトやって怒られた話とか、みんな大変のご様子だった。他国の言語を学ぶのにストレスなく、学ぶ方法はないのだ。言葉のストレスを超えて魅了される文化を日本はどれくらい持ち得ているのか、ふと気になった。

No.6 外国語を学ぶということ” への1件のフィードバック

  1. 使う言葉が大きく変わる時代がある。今がそうだし、過去もあった。こうゆう時代の共通点はなんだろう。

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